嘘つきと疫病神

 またヒトリ、まタひとリ、ドくにおカサれキエていく。
 はんニんは、ダあレ。わるイのは、だあレ。

 根も葉も実も毒。人間にとっては存在そのものが毒である。
 けれど、生きているだけなのだ。ただ生きているだけなのに。不自由なこの世界に抗っているだけなのに。
 何故、これほどまでに苦しまなくてはならないのだろう。どうして苦しめられるのだろう。
 何に苦しめられているというのだろう。

 縁側に腰を下ろし、どんよりとした厚い雨雲に覆われた空を見上げる。
 時に鮮やかな青色に染まる空、時に鮮やかな橙色に染まる空、時に黒く濁る空。人間の感情の起伏と同じように、天もすぐに顔色を変える。
 天だって生きているのに。悲しければ雨という涙を流し、嬉しければ人の頬が紅潮するように赤く染まる。
 天の顔色が変わることと、人の顔色が変わることは何も違いない。そのはずなのに人々は雨が降れば文句を言い、晴れれば暑いと文句を言う。
 泣かないでという言葉だって、所詮は泣いているところを見たくない、泣かせたと思われたくないというエゴでしかないのだ。

「生きるってのは、どうしてこうも疲れるんだか」

 雨に打たれ、風に翻弄される一本の木。不安げに揺らぐその木を見つめていると、自分がその木に同化していくような感覚が身体を包んだ。しかし、決して不快ではなく、寧ろ心地良い。
 この木は自分自身、樒は自分自身なのである。自分が生まれたと同時に植えられた樒は、自分と共に成長する。
 縁側から投げ出した足元に一匹の黒猫が擦り寄る。自分とよく似た痩せ細った身体。
 雨に当たれた小さな身体を抱えると、見た目に反して微かなぬくもりを感じた。どれだけ雨に打たれても、この猫は生きている。

「お前、隣の家の猫の餌勝手に食って怒鳴られてただろ。悪いことすりゃ叱られる、何もしなくても生きているだけで叱られる。どうだ、お前はこの世界に生まれ落ちて幸せだと感じたことはあったか?」

 チリチリの触り心地の悪い背を撫でてやれば、黒猫は微かに喉を鳴らし膝の上で丸まる。
 もっと撫でろと顔を上げて要求してくる辺り、中々に図太い猫だと笑いが溢れた。

「けど、生きるためだもんな。餌がなきゃ生きられねえ、お前も生きてえよな」

 丸くなった黒猫を抱え、裸足で雨が降る庭に降り立つ。雨に打たれ徐々に体温が奪われていく感覚、足を踏み出す度に石を踏みつけて足の裏が痛む。
 それでも構わず歩みを進め、樒の前に立つ。見上げても一番上が見えないほどにこの木は成長した。
 一緒に成長していると信じていたが、実際はずっと先を進んでいたらしい。
 自分は眼の前にある都合の良い現実だけに目を向け、信じ、今まで目を逸らし続けてきた。

 俺は樒と同じ、樒が俺であり俺が樒だ。

 存在自体が周りにとって毒となり、存在しているだけで卑下される。
 もう何のぬくもりも感じられない。腕の中で丸くなったまま動かない黒猫の背を撫で、ぎゅっと抱き寄せた。

「盗みばっかして疲れただろ。もう楽になれるからな、俺が楽にしてやるから」

 樒の木の側に猫一匹分の小さな穴を掘り、その中に黒猫を入れた。傍に落ちていた樒も共に入れ、そっと土を被せる。

「俺も楽になるから」

 はんニんは、ダアれ。
 わるいノは、だアレ。

 まちガいハ、どレ。