嘘つきと疫病神

 薄暗い廊下を歩く足音を掻き消す激しい雨音が耳に痛い。左手にある窓の外は闇に包まれ、雨と霧に覆われていた。

「こりゃあ、数日は止まんぞ。今年もこの季節が来たかあ」

 数歩先を歩いていた芝が立ち止まり、窓の外を見つめながら呟く。
 習って仁武も芝の後ろ姿から窓の外に視線を移すが、変わらず外は豪雨である。外に出ることすらままならず、一歩出れば何処かに飛ばされるほどの強さだ。
 基地の中は人の声は聞こえないが雨音が響き続けている。皆、連日の雨と過度な訓練がたかって早々に休息を取っているらしい。
 仁武と芝もこれから各々の部屋に戻り、明日に備えて休もうとしている頃であった。

「台風か、しかし時期ではまだ早いしなあ。水龍でも泣いているんじゃあないか」

 芝の小さな冗談が雨音に混ざって消える。窓から視線を逸らし、足早に去っていく芝の後ろ姿を見つめながらぽつりと呟いた。

「水龍、か」

 その呟きに呼応するように、窓の外に一筋の稲光が落ちた。その後すぐに離れた場所に雷が落ち、再び辺りが雨音に包まれる。
 何度も繰り返される轟音と共に視界の端が煌めき、誰もいない廊下に仁武の小さな悲鳴が響いた。

「てるてる坊主でも作れば、この雨も止んだりするかな」

 我ながら子供じみた考えをするものだと苦笑が溢れる。
 幼い頃から雷は苦手だ。何処で聞いたか分からない、雷が鳴る夜に腹を出して寝ると臍を取られるという話を信じていたし、普段は一人で寝ているというのに雷が鳴る夜だけは祖母の部屋で一緒に寝たりもしたものだ。
 そしてその度に、祖母がてるてる坊主を作ってくれた。幼い仁武にとってはそれが何よりも安心できて、怯えながらも過ごせていたのだ。

─────水龍さんが泣いているんよ。

 雨が降る夜、祖母は水龍が泣いているのだと語って聞かせてくれた。
 大雨が降るのは水龍が泣いているからだと。人が何事もないのに泣きたくなることと同じで、水龍も理由なく泣きたくなる時があるのだと。
 雨は水龍の涙であり、雨が強ければ水龍の悲しみも大きい。
 その話を語って聞かせる度に、祖母はこう付け加えるのだ。

─────仁武は悲しくて涙を流すんじゃなくて、嬉しくて涙を流せる人になりなさい。

 祖母のその言葉を守れた試しなどないが、今思えばその言葉は蕗にそっくりそのまま言えることでもあった。
 十年ぶりに再開したあの日、彼女は悲しみではなく喜びで涙を流した。
 彼女があれほどまでに泣き虫だとは思いもしなかったが、それは裏返せば彼女のことを何も知らないこととを同じでもあった。

「泣き止んでくれよ、水龍さん」

 雨音に混ざり合いながら、そんな仁武の呟きが一人だけの廊下に消えていく。
 明日には止んでいるだろうか、明日には止んでいなくても明後日、明々後日にはきっと。
 止まない雨はないのだから。