「小瀧さん達は大丈夫なんですか?」
「今は警備も強化されていますし、毒物を混入させられるような隙がないように食事の時間も厳しく割り振られています。それでも不安はありますがね」
穏やかに微笑んでそう言って見せるが、蕗と和加代の不安は消えないままである。特に和加代は自分から話を振ったというのに、今では表情が不安と恐怖で暗く曇っている。
そんな彼女を見かねて、小瀧は地面に膝を付いて和加代の顔を下から覗いた。
「貴方達が心配してくれるように、我々も貴方達が心配です。ですから、自分の身は自分で守ってくださいね」
突然近づいた小瀧の顔を見つめたまま和加代の動きが止まる。みるみる赤くなる顔を見つめる小瀧の表情は穏やかなものである。
ほんわかとした優しい雰囲気に包まれる二人を見守っていると、小瀧の背後から聞き慣れた声が聞こえた。
「小瀧! こんなところで何を道草食っている」
いつもは明るく周りを元気づけてくれる声が、今は荒々しく怒りが混ざっていた。
「芝さん、もうそんな時間ですか」
「そんな時間も何も、すでに時間が過ぎている。お前が遅れたら叱られるのは俺なんだぞ」
怒りに歪んだ表情で捲し立て、蕗と和加代には目もくれずにその場を去っていってしまう。
「すみません、それではこれで」
遠のく小瀧の背中を眺める和加代の瞳が不安からか震えている。初めは知っているかどうかを尋ねただけだったのだろう。それが思わぬ事実を聞かされ、安心しろと言われても無理な話である。
「私って、そんなに子供っぽいかな」
「え…………?」
ゆっくりと振り返った和加代は泣いていた。
目から大粒の涙を流し、それでも笑おうと必死に震える口角を上げている。
「やっぱり、無駄なんだね。皆からしたら私は子供だもの、そういう扱いをされることくらい分かっている。でも、少しくらい心配させてくれたっていいのに」
「和加代……」
「ごめんね、蕗ちゃん。朝から嫌だったよねこんな話。私どうかしちゃっていたみたい。そろそろ学校にいかないと、それじゃあ」
涙を拭いながら蕗に背を向け歩き出す。小さな背中がより一層小さくなったように見えて、居ても立ってもいられず声を上げた。
「和加代! きっと、いや、絶対、小瀧さんは和加代のことを子供だなんて思ってない。小瀧さんは和加代のことが心配だから、ああ言ったんだと思う。だから、えっと、その、泣かないで!」
数歩先を進んでいた和加代は弾かれたように振り返る。涙はもう流れていなかったが、いつもの明るくて元気づけてくれる笑顔はない。
自分の言葉一つで彼女の表情が笑顔に変わるなど微塵も思っていないが、それでも元気になってほしかった。
笑ってほしかった。
蕗に毒撒きの疫病神なんていう噂の話を聞かせたのも、自分の母親が犠牲になったというのに、誰にも相手にされないから理解してほしかったのかもしれない。
所詮は噂。軍人が犠牲になろうと、誰かの母親が犠牲になろうと、人々が信じなければただの作り話で終わる。
一度、自分がその中心に立たされ卑下されたからこそ、蕗には嘘として切って捨てるなどという真似ができるはずもなかった。
「ありがとう」
もう一度彼女の声を聞いた時には、見慣れた笑顔がそこにあった。



