嘘つきと疫病神

 蕗が疫病神と噂されていたことを和加代が知らないとすると、和加代が語る“毒撒きの疫病神”というのは蕗とは別の人物のことを指しているのだろう。
 現に、この毒撒きの疫病神と呼ばれるものによって十人以上の人々が死んでいるのだ。
 当然、蕗にとっては身に覚えのない話である。人を殺した覚えもなければ、そんな動機もない。
 では一体誰が人を殺しているのか、誰が毒撒きの疫病神と呼ばれているのか。
 もし関係がないとしても、今の蕗にはあの噂と和加代が語る噂に関係がないようにはどうしても思えなかった。

「私はこの目で見たのよ。呼吸困難で苦しみながら死んでいくお母さんを」

 和加代が向ける視線が蕗の全てを見透かそうとしているようで、思わず蕗は和加代から視線を逸らした。
 風に靡く髪を押さえる和加代は過去のことのように語るが、蕗にとっては到底過去のこととは思えない。
 まるで今にも誰かが殺されてしまうような、誰かに見られているような気がして居た堪れないのだ。

「おはようございます、お二人で何をお話されているんですか」

 大人びた男性の声が聞こえ、顔を上げて正体を確認するよりも先に、その人物の名を呼ぶ和加代の声が聞こえた。

「小瀧さん」
「何だか調子がすぐれないようですが、ご無理をされていませんか?」
「いえ、大丈夫です。あっ、そうだ。小瀧さんにも聞いておこうかな」
「何か?」

 この場にいる者の中で一番背丈がある小瀧は、和加代の話を聞こうと微かに屈んだ。動いたことで彼から微かに甘い花の香がし、むさ苦しい男たちとは違う冷静な雰囲気が感じられるのもこの香りなのかもしれない。

「毒撒きの疫病神という噂を聞いたことはありますか?」
「っ!」

 眼鏡の奥の目が見開かれ、微かに開いた口はすぐに強く噤まれる。
 その一連の仕草で、小瀧が何を察したのかなどすぐに想像ができる。彼は毒撒きの疫病神の噂について何かを知っているのだ。

「何故、和加代さんがその話を……」
「何か知っているんですか?」

 自身の母親が被害に遭っているとはいえ噂の根源を知らない和加代よりも、小瀧の方が噂について詳しい、何故だかそんな確信があった。
 少女二人の視線は真っ直ぐと小瀧を射抜いている。話すまで帰さないという圧を感じ取った小瀧は、狼狽しつつも渋々語り出した。

「その噂は基地でも四六時中耳にするようなものでしてね。直接見たわけではありませんが、何も我々の中でも被害に遭った者がいるそうで」
「そんな、軍人さんにまで……」
「詳しい死因や誰の仕業なのかははっきりとしていませんけれど、今現在で分かっていることと言えば、その被害者は毒殺であることくらいでしょう」

 和加代の母親、小瀧と同じ軍人、その他の町人、まるで共通点がない者たちを狙った毒殺事件。
 毒撒きの疫病神と呼ばれる人物は、無差別なのか狙いがあってか、人々を毒で殺しているということなのか。