嘘つきと疫病神

 案内された部屋に入り、ちゃぶ台を挟んで女性と向き合って座る。隣に座る江波方がどうにも真剣な表情をしているものだから、無駄に緊張してしまう。
 正座で身体を強張らせている紬に気づいてか、女性がちゃぶ台の上に置かれた菓子入れをそっと前に押した。

「甘いものはお好きかしら。このお菓子、私のお気に入りでね。どうぞ、お食べになって」
「あ、ありがとうござ………え?」

 差し出された菓子入れに手を伸ばし、その内の一つを手に取る。
 柳が印刷された包装用紙で包まれた丸いお菓子はまんじゅうだろうか。なんとも可愛らしく、そして見覚えがある。

「どうかなさった?」

 菓子を手にして目を見開く紬を女性は不思議そうに見つめる。紬の様子を見かねて江波方も菓子入れに手を伸ばした。
 そして彼もまた、紬と同じ反応を見せる。

「もしかして、何も知らないのかしら」

 手にした菓子から目を離し、女性の方へ目を向ける。変わりない微笑みであるはずなのに、何故だか今は不気味に思えた。
 そして先程から何度も続く意味深な言葉。まるで自分たちが来ることを知っていたような、柳凪の本来ならば知り得ない部分まで知っているような、そんな言い回しが続いている。
 この女性に、紬と江波方はここへ来た本当の理由を見透かされているのだ。自分達が知らない本当の理由、真実をこの女性は知っている。

「あの子、本当に何も話していないのね」
「な、何のことでしょうか。あの子って一体……」
「あの子はね」

 自身も菓子を一つ手に取り、愛おしげに見つめ始めた。掌で弄びながら、まるで子供に童話を聞かせるように語り出す。

「私の一人娘、鏡子は私の娘よ。あの店は、元々私と夫が始めた店だったの」
「鏡子が、娘……?」
「このお菓子は、時折あの子が送ってくれるものでね。今でもこのお菓子を見ると夫との時間を思い出すの。鏡子が店を継ぐ前は夫が店主として、私が従業員、幼かった鏡子はお手伝いとしてあの店を守っていたのよ」

 でも、と女性は目を閉じ口を噤む。それまで楽しげに昔話を語っていた女性は、過ぎ去ってしまった時間を惜しむように唇を震わせた。

「夫のもとに赤紙が届いて、あっという間に夫は帰らぬ人になってしまった」

 女性の言葉を聞いた江波方の表情が引き攣った。膝の上で握り締めた拳が微かに震え、真っ直ぐと女性を見ていた視線は膝の上へと落ちる。

「幼かった鏡子は突然いなくなってしまった父親のことをよく恨んでいると口にしたっけ。私が一人で店を切り盛りすることになって、徐々に衰弱していく私を見ていられなかったそうなの。それで今ではあの子があの店の名前を守って、私はここで一人静かに余生を過ごしている、というわけ」

 これまで知ろうとしても教えてもらえなかった鏡子の過去。何故あの店を女性である鏡子が一人で切り盛りしていたのか、どれだけ日本が財政難に陥ろうと店を閉めようとしなかったのか。

「あの子、初めは私達を置いていなくなってしまった夫を恨んでいたけれど、今は許してくれたからこそ、このお菓子を送ってくれるのかもしれないわね」

 幼い頃から柳凪で働く両親を見てきたから、ずっと両親を支えてきたからこそ、鏡子はあの店に居続ける。
 全ては過ぎてしまった過去を忘れないように。