嘘つきと疫病神


「本当に、何だってこんな高価な物」

 店を出てしばらく町中を歩くと、視界の先に紬の後ろ姿が見えた。慌ててその姿を追うと、彼女は何やら包を少し開けて中身を見ているようである。

「何が入っているんです?」
「わあ! びっくりした……。これは、鏡子の私物らしいんですけど。流石に高価過ぎて触れることすら拒まれると言うか」

 包の中には、鮮やかな粧飾が施された髪飾りや櫛が幾つか入っている。どれも精巧な作りをしていて、素人の目から見ても決して安物ではないと感じ取れた。

「……言い争い、していましたよね。俺が入るべきことではないんですけど、何かあったんですか?」

 彼女達には時間ができたから店に来た風を装っていたが、実際は無理矢理雑務を終わらせて抜け出してきたのだ。
 昨日聞いた、紬の言葉が忘れられなかったからである。

『このまま、二人で逃げ出さない?』

 ただの戯言として片付けるには、些か江波方の脳裏に強く焼き付いて離れなかった。
 彼女の貼り付けた笑み、震えた声、潤んだ瞳、どれを取ってもただの冗談だとは思えない。思ってはいけないような気がした。
 あの言葉は彼女の本心であると、助けであると本能が叫んでいるのである。

「大して歳が離れているわけじゃないのに、あの子はすぐ私達を子供扱いする。私はね、鏡子に甘えていたんだと思う。毎日同じことを繰り返して生きていた私を雇ってくれて、違う世界を見せてくれた。私にとって鏡子は命の恩人なの。でも、だからかな。自分のことを蔑ろにして他人を助けようとする彼女の姿勢が、どうしても許せないの」

 町中を歩きながら、紬はぽつりぽつりと誰にも打ち明けたことのない本心を口にする。
 言葉にしていくにつれその想いは募り、もはや本心なのかも分からない。彼女に対する想い、感謝や妬みの感情がぐちゃぐちゃになって頭を満たしていく。
 一人でに語り続ける紬の隣を歩きながら、江波方は静かに聞き入った。

「私はいいから、私は大丈夫だからって、いつも自分のことを後回しにするのよ。私はただ一言、一緒にっていう言葉を聞きたいだけ」

 見上げる彼女の表情は今にも泣き出しそうなほどに歪みきっていた。
 彼女は一体あの店でどれだけの我慢をしてきたのだろう。自分が店にいない間、彼女は何に苦しんでいたのだろう。
 何も知らない自分が、今にも泣き出しそうな彼女に何もしてやれない自分が、妬ましい。

「私は、あの子に何もしてあげられないのかな……」

 問われたとて何も答えられないと自分も、彼女もきっと分かりきっている。それでも問うたのは、もう縋り付く宛が江波方しか無いからなのだろう。
 他人である江波方にしか弱音を吐けないのだ。