店が休みの日、蕗は決まって部屋に籠もってある趣味を謳歌する。
部屋の片隅に山積みになった読本をひっくり返し、時間が許す限り読み漁るのだ。
この読本はどれも江波方から借りた品である。読書好きであるらしい彼が店で本を読んでいる姿を見た蕗は、好奇心に従って話しかけた。
すると自分の趣味に蕗が興味を示したことが嬉しかったのか、おすすめだという本を何冊も貸してくれたのである。
どの本も年季が入っており、何度も読み返したことが伺える。
彼に本を借りてからというもの、すっかり読書の虜になった蕗は今日も読書に明け暮れる。
はずだった。
「流石にそれはないでしょう!」
部屋の外、柳凪の店内から紬の怒鳴り声が聞こえた。聞こえたのは彼女の声だけで、何故怒鳴ったのかは皆目見当がつかない。
読みかけの読本を閉じ、部屋を出ると少しづつ彼女達の声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。でもこうしないといけないのよ」
「だからってこんな高価な物を手放すなんて……。私には理解できないわ」
扉を少し開き、店内を覗き込むと何やら鏡子と紬が言い争っているらしい。友里恵が仲裁に入っているが、まるで相手にされていない。
視線を鏡子から紬へと向けると、彼女は何かの包を鏡子に突き出しながら声を荒げていた。
何が包まれているのかはこの距離では伺えない。しかし話では高価なものらしく、考えつく高価なものというと米か、装飾品だろうか。
「お願い。これを残して餓死するよりも、手放して今を生きる方がよっぽど重要でしょう」
「そんなの、こんな物を持っている貴方だから言えるのよ」
二人が言い争うことなどこれまでにあっただろうか。蕗が柳凪で暮らすようになった頃には、すでに紬と友里恵は従業員として働いていた。少なくとも十年以上は言い争っている場面など見たことがない。
もしかしたら蕗が来るよりも前にあったかもしれないが、至って二人の関係は良好と言えるものである。
友里恵が手を焼くほどに悪化することなどあるのだろうか。
「やめなさいよ、蕗ちゃんだっているんだから」
「……本当、そういうところよ」
「私にはこれくらいしかできないの。ごめんなさい、ごめんなさいね」
何度も謝る鏡子が気に食わなかったのか、それともこれまでの怒りに火が着いたのか、紬の目つきが変わった。
「あんた、本当にいい加減に!」
「な、何をしてるの?」
自分に何ができるわけでないと分かっていた。自分が入ったところで役に立つわけではないと理解していた。
それでも考えるより先に身体が動いていたのだ。気がつけば扉を開け、片足を店内に踏み入れている。
「ふ、蕗ちゃん……」
「これは……」
二人の表情が一瞬の内に凍りつく。友里恵は彼女達から目を逸らし、苦々しく表情を歪めている。
昨日の朝はあんなに明るかったのに、どうして今は冬のように冷えているのだろう。どうして皆から笑顔が消えてしまうのだろう。
部屋の片隅に山積みになった読本をひっくり返し、時間が許す限り読み漁るのだ。
この読本はどれも江波方から借りた品である。読書好きであるらしい彼が店で本を読んでいる姿を見た蕗は、好奇心に従って話しかけた。
すると自分の趣味に蕗が興味を示したことが嬉しかったのか、おすすめだという本を何冊も貸してくれたのである。
どの本も年季が入っており、何度も読み返したことが伺える。
彼に本を借りてからというもの、すっかり読書の虜になった蕗は今日も読書に明け暮れる。
はずだった。
「流石にそれはないでしょう!」
部屋の外、柳凪の店内から紬の怒鳴り声が聞こえた。聞こえたのは彼女の声だけで、何故怒鳴ったのかは皆目見当がつかない。
読みかけの読本を閉じ、部屋を出ると少しづつ彼女達の声が聞こえてきた。
「ごめんなさい。でもこうしないといけないのよ」
「だからってこんな高価な物を手放すなんて……。私には理解できないわ」
扉を少し開き、店内を覗き込むと何やら鏡子と紬が言い争っているらしい。友里恵が仲裁に入っているが、まるで相手にされていない。
視線を鏡子から紬へと向けると、彼女は何かの包を鏡子に突き出しながら声を荒げていた。
何が包まれているのかはこの距離では伺えない。しかし話では高価なものらしく、考えつく高価なものというと米か、装飾品だろうか。
「お願い。これを残して餓死するよりも、手放して今を生きる方がよっぽど重要でしょう」
「そんなの、こんな物を持っている貴方だから言えるのよ」
二人が言い争うことなどこれまでにあっただろうか。蕗が柳凪で暮らすようになった頃には、すでに紬と友里恵は従業員として働いていた。少なくとも十年以上は言い争っている場面など見たことがない。
もしかしたら蕗が来るよりも前にあったかもしれないが、至って二人の関係は良好と言えるものである。
友里恵が手を焼くほどに悪化することなどあるのだろうか。
「やめなさいよ、蕗ちゃんだっているんだから」
「……本当、そういうところよ」
「私にはこれくらいしかできないの。ごめんなさい、ごめんなさいね」
何度も謝る鏡子が気に食わなかったのか、それともこれまでの怒りに火が着いたのか、紬の目つきが変わった。
「あんた、本当にいい加減に!」
「な、何をしてるの?」
自分に何ができるわけでないと分かっていた。自分が入ったところで役に立つわけではないと理解していた。
それでも考えるより先に身体が動いていたのだ。気がつけば扉を開け、片足を店内に踏み入れている。
「ふ、蕗ちゃん……」
「これは……」
二人の表情が一瞬の内に凍りつく。友里恵は彼女達から目を逸らし、苦々しく表情を歪めている。
昨日の朝はあんなに明るかったのに、どうして今は冬のように冷えているのだろう。どうして皆から笑顔が消えてしまうのだろう。



