「江波方さん達が来ると、あっという間に店が明るくなりますね」
「五十鈴さん、お邪魔してますー」
芝達が座っているのは四人掛けの席だというのに、江波方は別の席から彼らの会話に混ざっていた。混ざっていたと言っても相槌を打つ程度で、あまり進んで輪には入ろうとしていない。
そんな一匹狼状態の彼の向かいに座ったのは、同じく輪から外れた紬である。
「話に入らなくていいんですか?」
「いいんです。俺は聞いているだけで十分なんで」
「正直なところ、面倒くさいとか思ってません?」
「えっ!」
紬の指摘に江波方は分かりやすく動揺を見せた。期待通りの反応を見ることができた紬はクスクスと笑う。
「私も同じだから分かるんですよ。嫌いなわけでも距離を起きたいわけでもない。一緒にいて苦じゃないし、仲が悪いわけでもない。ただ……何て言うんでしょう、満足しちゃうんですよね」
「……この時間が当たり前に続く訳ではないと分かっているから、無意識の内に俺達は満足しているんでしょう。こうして何をするでもなく笑い合っているだけで、声が聞けるだけで十分だと」
いつかは国のために旅立たなければならない。いつかは旅立ちを見送らなければならない。互いにその立場に立たされていると理解しているからこそ、現状に満足しているのだと二人は己に言い聞かせる。
二人だけでなく、鏡子や芝達、町の人々がそうなのである。それが当たり前なのである。
「ふふ、ふふふ」
微かに沈んだ気持ちは芝達の騒がしい話し声ではなく、小さな笑い声によって晴れる。
楽しげな蕗や仁武に向けていた視線を紬に向けると、彼女は口元を手で覆い肩を揺らしながら笑っていた。
「どうして笑うんですか」
「だって、随分と柄にもないことを言うんですもの」
「俺だって柄にも無いことを言う時だってあります」
「小瀧さんの影響かしら。彼、作家を目指していたんでしょう。普段の言葉遣いからも、博識なことが伺える」
仁武が写真家を目指していたように、小瀧が作家を目指していたように、この場にいる誰もが未来を夢見ていた。
町に暮らす人々も己の未来に期待を寄せたことだろう。小さな子供は夢を見て、憧れを抱いたことだろう。
しかし、仁武と小瀧が各々の夢ではなく、国の淡い幻想のためにその人生を捧げるのが現実であった。
二人だけでなく、芝にも江波方にもこの先やりたいことが山ほどあるのだろう。しかしそれらが叶わないと分かっているから、この場にいる。
「ねえ」
「何です?」
未だ芝達の会話は途切れない。その反面、江波方と紬の会話は途切れ途切れでぎこちない。
「このまま、二人で逃げ出さない?」



