嘘つきと疫病神

 包の中には一輪の花と髪飾りや櫛などが入っていた。これらの髪飾りは、鏡子が髪に着けているところを何度か目にしたことがある。
 それが何故包の中に入っているのかは知らなくていいことだろう。
 しかし、仁武は包の中に入っている一輪の花がどうしても気になって仕方がない。

「その花って……」
「これはイヌホオズキっていう花よ。小さくて白い花を咲かせる植物。可愛らしい見た目をしているけれど、その花言葉は“嘘つき”」

 先程も感じた、鋭い鈍器で頭を殴ったような衝撃が再び襲う。全身を雷で打たれたような、深い絶望が身体を蝕んだ。
 鏡子は仁武の反応を楽しむでもなく、静かにイヌホオズキを手にすると前に掲げた。

「嘘は人を傷つけるわ。言葉は諸刃の剣、どんな凶器よりも深く人を傷つけることができる。でも、時に嘘は人を救うの」

 滑るような足取りで近寄った鏡子は、仁武の掌にイヌホオズキを置いた。伏せられた瞳には喜びの色が滲んでいる。
 優しく仁武の手を握り締める彼女の手は、死んでしまった祖母の手を握った時とよく似ていた。

「やっと、まともに話せるようになったのね」
「もう、俺は何が本当で何が嘘なのか分からない。少し前までこの町に帰ることを望んでいたはずなのに、今では帰ってきたことを後悔している自分がいる。でも、蕗にまた会えて素直に嬉しいと思えたんだ。それなのに俺は蕗を傷つけた。あんな顔をさせたくて、帰ってきた理由じゃ無いのに」

 イヌホオズキが掌の中で枯れ、はらはらとその花弁を散らす。まるで自分達の関係性を表しているようで、思わず力強くその拳を握った。
 その仕草を鏡子は母親のように優しく包み込む。その優しさが心地よい。
 物心ついたときから祖母に育てられ、自分は生粋のおばあちゃんっ子。言葉が分かるようになった頃、祖母の知り合いである鏡子の両親の紹介で鏡子と出会った。それから気がつけば鏡子と共に過ごす時間が当たり前になっていて、思えば、自分は鏡子の事を母親として見ていたのかもしれない。
 育ての親はいるにしろ、相手は祖母だという認識だった。母親という存在がどういったものなのか知らない仁武にとって、年上の姉である鏡子に母親の面影を感じていたのだ。

「きっと蕗ちゃんだってそう思っているわ。言ったでしょう、嘘は時に人を救うって。貴方が嘘でも傍にいると、帰って来ると言ったから彼女は今までずっと待っていたの。結果は現実になって今に至るわけだけれど、もし貴方の嘘がなかったら彼女は今頃柳凪にはいないでしょうね」
「俺の、嘘がなかったら……?」
「蕗ちゃん、本当に貴方のことが好きなのねぇ。あら、これは言わないほうが良かったかしら」
「え、は、ちょっ! それ、どういう意味!?」

 口元に人差し指を当て、鏡子はふうわりといたずらが成功した子供みたく笑ってみせた。
 その仕草が蕗と似ている気がしてなんだかもどかしい。鏡子の揶揄い半分の発言一つで体温が上がっている自分が何よりも情けなく感じた。
 きっとこれまでにも鏡子や蕗の前で情けない姿を晒してきたことだろう。それでも彼女達が自分と関わりを持ち続けているのは、その情けなさを受け入れてくれているからだ。

「嘘つきな貴方だからこそ気付けることだってあるはずよ。嘘に塗れた世界の中から本当のことを見つけないとね」

 ひらりと髪を靡かせて去りゆく姿に、仁武はやはり母親の面影を重ねていたのだろう。