自分だって驚いている。彼女の細い腕を乱暴に掴んで、冷たく睨みつけているのだから。
「なあ、蕗」
「…………」
声が自分のものではないように聞こえる。静かな店内に自分の声が響き、無意識の内に彼女を脅かそうとしている自分がいる。
こんなことになるくらいなら、真実など知ろうとするべきじゃなかった。
いっそのことこの町に帰ってこなければ、いっそのこと彼女に手紙など送らなければ。
「本当なのか? 蕗、何か言ってよ」
「嫌………」
「蕗が、自分からあの噂が広まるように仕向けたのか」
俯いた彼女の表情を伺い知ることはできない。小さな彼女の頭がより下にあるように感じて、自分が上の立場にいると錯覚してしまいそうだ。
世の中の男はこうして女性を恐怖に縛り上げ、無理やり自分が上になるよう仕立て上げようとする。
そんな人間にはなりたくないと、彼女を守りたいと自分から願ったはずなのに、今の自分はなりたくなかった人間になってしまった。
何も言い返してくれないから、余計に自分が悪役であるようで。
「嫌、嫌だ……何も、聞かないで」
身を震わせながら怯える彼女を見て、自分は細い腕を離してしまった。
逃げようとする彼女の細い腕を逃がすまいと掴み、もっと尋問でもすれば全て知ることができただろう。
けれど、自分はそんな事ができるほど肝が座った奴ではなかった。
何が最善で、何が最悪で、何が善良で、何が完璧かなど区別できるような人間じゃない。
「私は、私は、ただ……」
彼女の言葉すら、今は上手く聞き取ることができない。騙された、嘘を吐かれたから失望した。それが理由ならどれほど楽だっただろう。
「幸せに、生きたかったの。愛されたかったの」
初めて出会った時の彼女は、ガリガリに痩せていて布切れのような服を着ていた。
それだけで彼女の境遇を伺い知ることができる。単純に貧乏だったというわけではなく、人間としての生活を送ることができない。
親という存在から人間として育ててもらえていないのだろうと察することができた。
見窄らしいと思ったから連れ帰ったわけでもなく、心配だから連れ帰ったわけでもなかった。
ただ、彼女の笑顔を見たいと思っただけだったのだ。一言で言えば、一目惚れ、というやつだろう。
自分でもそう言うくらい、出会った頃の彼女は見窄らしく痛々しい姿をしていた。しかし大男に絡まれて逃げようとした姿に、自分は感化されたのかもしれない。
助けたい、共に逃げたい。そう思ったからこの手を取ったはずだった。
それが今はどうだ。自分の知らない事実を突然突きつけられ、動揺のあまり彼女を傷つけてしまった。
自分は何のためにこの町に帰ってきたのだろう。何のために彼女と再会したのだろう。
どうして、こうなってしまうのだろう。
「なあ、蕗」
「…………」
声が自分のものではないように聞こえる。静かな店内に自分の声が響き、無意識の内に彼女を脅かそうとしている自分がいる。
こんなことになるくらいなら、真実など知ろうとするべきじゃなかった。
いっそのことこの町に帰ってこなければ、いっそのこと彼女に手紙など送らなければ。
「本当なのか? 蕗、何か言ってよ」
「嫌………」
「蕗が、自分からあの噂が広まるように仕向けたのか」
俯いた彼女の表情を伺い知ることはできない。小さな彼女の頭がより下にあるように感じて、自分が上の立場にいると錯覚してしまいそうだ。
世の中の男はこうして女性を恐怖に縛り上げ、無理やり自分が上になるよう仕立て上げようとする。
そんな人間にはなりたくないと、彼女を守りたいと自分から願ったはずなのに、今の自分はなりたくなかった人間になってしまった。
何も言い返してくれないから、余計に自分が悪役であるようで。
「嫌、嫌だ……何も、聞かないで」
身を震わせながら怯える彼女を見て、自分は細い腕を離してしまった。
逃げようとする彼女の細い腕を逃がすまいと掴み、もっと尋問でもすれば全て知ることができただろう。
けれど、自分はそんな事ができるほど肝が座った奴ではなかった。
何が最善で、何が最悪で、何が善良で、何が完璧かなど区別できるような人間じゃない。
「私は、私は、ただ……」
彼女の言葉すら、今は上手く聞き取ることができない。騙された、嘘を吐かれたから失望した。それが理由ならどれほど楽だっただろう。
「幸せに、生きたかったの。愛されたかったの」
初めて出会った時の彼女は、ガリガリに痩せていて布切れのような服を着ていた。
それだけで彼女の境遇を伺い知ることができる。単純に貧乏だったというわけではなく、人間としての生活を送ることができない。
親という存在から人間として育ててもらえていないのだろうと察することができた。
見窄らしいと思ったから連れ帰ったわけでもなく、心配だから連れ帰ったわけでもなかった。
ただ、彼女の笑顔を見たいと思っただけだったのだ。一言で言えば、一目惚れ、というやつだろう。
自分でもそう言うくらい、出会った頃の彼女は見窄らしく痛々しい姿をしていた。しかし大男に絡まれて逃げようとした姿に、自分は感化されたのかもしれない。
助けたい、共に逃げたい。そう思ったからこの手を取ったはずだった。
それが今はどうだ。自分の知らない事実を突然突きつけられ、動揺のあまり彼女を傷つけてしまった。
自分は何のためにこの町に帰ってきたのだろう。何のために彼女と再会したのだろう。
どうして、こうなってしまうのだろう。



