嘘つきと疫病神

 昔から、街の人間から忌み嫌われながら生きてきた。
 病弱で気弱な母親を持ち、真逆の気が強い祖母の手によって育てられてきた俺は、町でも一線を隔てた存在だったらしい。
 時には化け物家族、時には偽物家族と、正真正銘血の繋がった家族であるというのに町の人々は俺達のことをそう罵った。

「いつになったら、母さんは起きるんだ?」

 俺は、床に伏せたまま滅多に目を覚まさない母親のことが嫌いだった。

「そのうち起きるさ」

 そしてまた、適当で曖昧な返事しか返さない祖母のことも嫌いだった。
 二人は俺に対して興味を示していない。そのことを理解し、小さい頃から劣等感を抱いて生きてきた。
 台所で音を立てながら洗い物をする祖母の背中は、気性の荒さとは似ても似つかないほどに小さく見える。

「……どうして私が、あんな奴の世話なんか………」

 時折、祖母は母が寝ていることをいいことに母の文句を口にする。俺と同じで、祖母も母のことが嫌いらしい。
 祖母は、母が病に侵され、そのせいで出ていった父のことを今も待ち続けているのだ。もう帰ってこないと分かっていながらも、必ず四人分の食事を用意する。
 父が家を出たのは母のせいだと、祖母は今も変わらず信じ込んでいる。俺はそんな祖母のことを愚かだと思った。気が狂ったのかと馬鹿馬鹿しくも思った。
 きっと祖母もその事が分かっているんだろう。分かっていても癖になってしまったから、辞めるに辞められないのだ。
 居間から見える寝室に目を向ければ、青白い顔をした母が仰向けで寝ている。最後に目を覚ましたのはいつだっただろうか。

「邪魔だよ。餓鬼は外でほっつき歩いてきたら良いんだ。お前がいると家の中が陰気臭くなる」

 祖母は俺のことが嫌いらしい。嫌いな女と愛する息子との子供である俺は、祖母にとっては前者と同じ扱いになるらしい。
 本当に、この家には馬鹿しかいない。
 文句を言うなら母を捨てて家を出ることだってできるのにそうしない祖母、病気でも意地汚く生き長らえている母、そんな家で呑気に暮らしている自分、そんな俺達を捨てた父。
 全員馬鹿だ。

「分かった。それじゃあ、外に行ってくる」

 口答えしたところで怒鳴られるのは目に見えているし、今更反論するつもりもない。外に行けばこの陰気臭い家から逃げられるから、寧ろ本望だった。
 毎日のように祖母に追い出され、日が沈んでから家に帰る日々。昼夜逆転したり、腹が減って道端に蹲ることも少なくはない。
 それでも俺には行かなければならない場所があった。
 町の外れにある丘。
 俺はあの場所で目覚めた。俺の居場所はこの家ではなく、あの丘なんだ。誰にも知られていない、誰にも知られたくない自分だけの場所。
 誰の目にも止まらないから、あの丘でいつも俺は一人になることができた。そよ風に吹かれ、心地良い丘の上で今日は昼寝でもしよう。
 なんてことのない事を考えながら、俺は毎日の日課とかした一人の時間を謳歌する。
 そのはずだった。