嘘つきと疫病神

 仁武が行きたがっている場所が何処なのか知る由もなく、蕗はつられるままに彼の後を追った。
 口から吐き出す息が白く染まり、空中に溶けていく様を眺めながら歩いていると突然視界が開ける。
 建物によって区切られていた町を抜け、仁武は迷いなく田舎町を進んでいく。
 不思議に思いながらその後を追っていると、二人の視線の先に後から取って付けたような丘が現れた。

「もしかして……」
「まだ歩ける?」

 蕗の確信を得た呟きを聞いた仁武は、振り返りそっと手を伸ばした。
 仁武が行きたいと言ったのは、かつて一方的な約束を交わしたあの丘だったのだ。
 記憶の中にある丘は夏場であったからかもっと鮮やかな緑色をしていた気がするが、今は曇り空の下で哀愁の色を滲ませている。
 一人だった十年間、毎日窓から眺めていた丘とも違う。目の前にある丘はまるで別物のように蕗の目に映り、それが何とも悲しく感じる。

「行こう」

 仁武の手を握ると手袋越しにも彼の温もりを感じた。蕗が握ったことを確認した仁武は、そのまま前を向いて丘へと歩き出す。
 雪が降り出す季節になってからすっかり町は静かになってしまった。町を歩いていても人とほとんどすれ違うことがないほど、人々は突然の寒さに悶え苦しんでいる。
 しかし、今はその寒さが都合が良かった。寒いと理由をつければ、仁武の傍に寄っても許される気がしたからだ。
 緩やかな傾斜を有する丘に一歩踏み込むと、一気に辺りには静寂が流れ出す。 
 二人の息遣いが微かな距離感を埋めているようだ。繋がれた手が離れないよう必死になって追いかけた。

「大丈夫? 無理するなよ」
「大丈夫だよ」

 上がる息を押し殺しながら傾斜を登ると、一歩先に頂上に辿り着いた仁武が振り返り肩を抱いた。 
 息も絶え絶えで、運動不足で悲鳴を上げている身体を案じてくれたのだろう。気恥ずかしいが、今はその優しさに身を委ねた。

「懐かしいね」
「あんなことがあったけどな」

 半ば皮肉交じりに呟くと、すぐ隣に立っている仁武もまた皮肉交じりに笑った。
 蕗が何を思ってそう呟いたのか、仁武は予想づいていることだろう。あんなことを言ったのも、あの日の出来事を皮肉しているからだ。

「……目を瞑ってて」
「え?」

 突然目の前が真っ黒に染まり、驚きに声を上げると再び肩を抱かれた。
 そのまま何処かへと連れて行かれる。相手は仁武であるし何もやましいことはないのだが、恐怖しないわけではない。
 怯えながらつれられるままに進むと、不意に立ち止まり目元から彼の手の温もりが消えた。

「目を開けてみて」

 言われるままに目を開けると、連れて来られたのは丘の頂上の一番端。丘の下に広がる町を一望できる開けた場所だった。