近頃は一気に冷え込み、賑やかだった店も鏡子達の何気ない雑談が聞こえるほどに静かだ。
客足が減った柳凪ではあるが、行く宛のない蕗達従業員は今日も今日とて好き勝手に席に座ってぼんやりしている状況である。
これほどまでの寒さでは外に出る気力も起こらない。昔ながらの火鉢を陣取った紬を横目にしながら、蕗の吐いた溜息が白くなって空中に溶けていった。
「ごめんください。……あっ、蕗」
「仁武」
目が合うなり仁武の表情がぱっと明るくなる。小さく手招きをしてくるのだから、蕗に用があって店に来たのだろう。
寒さでかじかむ手を擦り合わせながら席を立つと、火鉢に抱きついている紬が不思議そうな表情を浮かべながら様子を伺っていた。
「今、時間ある?」
「うん、あると思うよ」
苦笑いを浮かべながら店内を見渡せば、寒さに悶える従業員達のだらけた姿が目に入る。
正午が過ぎれば客足が一気に減るのはいつものこと。町中に出ても人気がないのだから、今から客が来ることもないだろう。
「今から出られたりしないかな。行きたいところがあるんだけど」
「えっ、行きたい所? 私と? 今から?」
突然の誘いに、連続して素っ頓狂な声で単語の羅列が口から零れ落ちた。
行きたいところがある、そう言って蕗に向って手招きをした。
店内には見える位置に紬が火鉢を抱えて座っており、鏡子と友里恵は店の奥にいるため仁武に二人の姿は見えていない。
紬を誘っている様子は見られないため、彼は蕗と二人で行くつもりなのだろう。
「そ、そうだけど。やっぱり都合が悪かったりするかな?」
残念そうな仁武の表情が突き刺さり、慌てて首を横に振れば再び彼の表情が明るく晴れる。
客のいない今ならば蕗が一人店を開けた所で支障はないだろう。目のつく位置にいる紬に目配せをすると、話を聞いていたらしい彼女はすんなりと頷いて見せた。
「ううん、大丈夫」
「なら、行こう」
仁武が扉を開けると、店内に外からの冷気が一気に入り込んできた。
足元から頭にかけて冷気が身体中を包み込み、あっという間に体温が奪われてしまう。
あまりの寒さに微かに声を上げると、斜め前を歩いていた仁武が振り返らずに笑い声を上げた。
「うう……どうして仁武は平気なの?」
「この服って結構温かいんだよ。見た目の割に分厚いからさ」
「その、服って……」
問おうとすると、仁武の背中が聞かないでほしいと言いたげに小さくなった気がした。それまでにあった楽しげな雰囲気が消え、ぎこちない空気が二人の間にある微妙な距離感を埋めていく。
強く吹き付ける風が行く手を阻み、一瞬目を閉じると頬に風によるものとは違う冷たさを感じた。
その正体を目視するよりも先に、仁武によってその答えを知ることになる。
「お、雪だ」
その声に呼応して目を開けると、風に吹かれながら粉雪がはらりはらりと舞っていた。
空を見上げて微笑む姿が雪に溶けていきそうで、思わず彼の傍に駆け寄ると身体を寄せた。一瞬目を向けた仁武は、何事もなかったように再び歩き出す。
客足が減った柳凪ではあるが、行く宛のない蕗達従業員は今日も今日とて好き勝手に席に座ってぼんやりしている状況である。
これほどまでの寒さでは外に出る気力も起こらない。昔ながらの火鉢を陣取った紬を横目にしながら、蕗の吐いた溜息が白くなって空中に溶けていった。
「ごめんください。……あっ、蕗」
「仁武」
目が合うなり仁武の表情がぱっと明るくなる。小さく手招きをしてくるのだから、蕗に用があって店に来たのだろう。
寒さでかじかむ手を擦り合わせながら席を立つと、火鉢に抱きついている紬が不思議そうな表情を浮かべながら様子を伺っていた。
「今、時間ある?」
「うん、あると思うよ」
苦笑いを浮かべながら店内を見渡せば、寒さに悶える従業員達のだらけた姿が目に入る。
正午が過ぎれば客足が一気に減るのはいつものこと。町中に出ても人気がないのだから、今から客が来ることもないだろう。
「今から出られたりしないかな。行きたいところがあるんだけど」
「えっ、行きたい所? 私と? 今から?」
突然の誘いに、連続して素っ頓狂な声で単語の羅列が口から零れ落ちた。
行きたいところがある、そう言って蕗に向って手招きをした。
店内には見える位置に紬が火鉢を抱えて座っており、鏡子と友里恵は店の奥にいるため仁武に二人の姿は見えていない。
紬を誘っている様子は見られないため、彼は蕗と二人で行くつもりなのだろう。
「そ、そうだけど。やっぱり都合が悪かったりするかな?」
残念そうな仁武の表情が突き刺さり、慌てて首を横に振れば再び彼の表情が明るく晴れる。
客のいない今ならば蕗が一人店を開けた所で支障はないだろう。目のつく位置にいる紬に目配せをすると、話を聞いていたらしい彼女はすんなりと頷いて見せた。
「ううん、大丈夫」
「なら、行こう」
仁武が扉を開けると、店内に外からの冷気が一気に入り込んできた。
足元から頭にかけて冷気が身体中を包み込み、あっという間に体温が奪われてしまう。
あまりの寒さに微かに声を上げると、斜め前を歩いていた仁武が振り返らずに笑い声を上げた。
「うう……どうして仁武は平気なの?」
「この服って結構温かいんだよ。見た目の割に分厚いからさ」
「その、服って……」
問おうとすると、仁武の背中が聞かないでほしいと言いたげに小さくなった気がした。それまでにあった楽しげな雰囲気が消え、ぎこちない空気が二人の間にある微妙な距離感を埋めていく。
強く吹き付ける風が行く手を阻み、一瞬目を閉じると頬に風によるものとは違う冷たさを感じた。
その正体を目視するよりも先に、仁武によってその答えを知ることになる。
「お、雪だ」
その声に呼応して目を開けると、風に吹かれながら粉雪がはらりはらりと舞っていた。
空を見上げて微笑む姿が雪に溶けていきそうで、思わず彼の傍に駆け寄ると身体を寄せた。一瞬目を向けた仁武は、何事もなかったように再び歩き出す。



