何度もその名前を確認するように口にする。十年前にまともな別れもできずに遠くへ行ってしまった人。かつて同じ屋根の下で暮らし、同じ時を過ごし、ずっと傍にいたいと願った人。
記憶の中にいる彼はもっと小さくて、傷だらけで包帯が身体中を覆っていたはずで。
そんな彼がこれほどまでに見違えて戻ってきたということなのか。本当に目の前にいるのは、自分が待ち望んでいた彼なのか。
「そうだよ、蕗」
「本当に……本当に…………?」
「本当。良かった、生きていて」
心底嬉しげに微笑む彼の表情は、記憶の中にいる彼と何ら変わっていなかった。昔のままの彼が目の前にいる。
見た目こそ背が伸びて昔の面影を見せないとは言え、その表情、その仕草は昔のまま。
ずっと傍にいたいと思った彼が今、目の前にいる。
「おわっ!」
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて堪らない。
言いたいことが、伝えたいことが山ほどあったはずなのに何も言葉にできない。
目の前の存在を掌で確認するために強く抱き締める。彼の温もりが、鼓動が直に感じられてまた表情が緩んだ。
ちゃんと生きている。彼は、今この瞬間も懸命に命を紡いでいるのだ。
「やっと、会えた……」
周りの目など気にせず抱き付けば、情けない声を上げながらもしっかりと受け止めてくれた。
耳元で聞こえる鼓動が心地良く、もっとよく聞くために耳を押し当てれば頭上から困惑した声が降ってきた。
「ちょ、ちょっと、蕗…………」
露骨に狼狽している姿を想像しながら目を閉じると、脳に送られる情報が凝縮される。蕗の脳内と心を満たすのは、こうして抱きついている仁武という存在だけであった。
徐々に早くなる鼓動、視界いっぱいを彼の胸元が埋めた。
こんなにも彼の身体は大きかっただろうか。こうして抱きつけばよろめきながらも受け止める力を持っていただろうか。
離れていた十年間という時を経て蕗が成長したように、仁武もまた成長していた。
「皆が見てるよ」
「いい、いいの。もう今更でしょう?」
やけに開き直った蕗の発言に仁武は戸惑いを隠せていない様子だったが、やがてそっと蕗の背中に手を回した。
現在の時刻は日が傾き出す夕刻であり、幸いなことに店内から客が捌けた後だ。
店の奥から鏡子達からの視線を感じたが、彼女達であれば見られていもいい。半ば見せつけるように、一層彼を抱き締める腕に力を込めた。
「ずっと待っていたんだから。……手紙、嬉しかったよ」
「こっちこそ。勢いで贈った手紙だったのに返事をくれるなんて」
後頭部に温もりを感じ、顔を上げると仁武の優しい微笑みが見下ろしていた。
蕗のうねった黒髪の癖っ毛を撫でながら、愛おしげにその目は細められる。
「嫌われていなくて、忘れられていなくて良かった」
入口の扉から差し込む夕焼けを背に受けながら微笑む彼の姿は、やはり昔の面影など微塵も見せない。それなのに、こんなにも心地良いのは何故なのだろう。
記憶の中にいる彼はもっと小さくて、傷だらけで包帯が身体中を覆っていたはずで。
そんな彼がこれほどまでに見違えて戻ってきたということなのか。本当に目の前にいるのは、自分が待ち望んでいた彼なのか。
「そうだよ、蕗」
「本当に……本当に…………?」
「本当。良かった、生きていて」
心底嬉しげに微笑む彼の表情は、記憶の中にいる彼と何ら変わっていなかった。昔のままの彼が目の前にいる。
見た目こそ背が伸びて昔の面影を見せないとは言え、その表情、その仕草は昔のまま。
ずっと傍にいたいと思った彼が今、目の前にいる。
「おわっ!」
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて堪らない。
言いたいことが、伝えたいことが山ほどあったはずなのに何も言葉にできない。
目の前の存在を掌で確認するために強く抱き締める。彼の温もりが、鼓動が直に感じられてまた表情が緩んだ。
ちゃんと生きている。彼は、今この瞬間も懸命に命を紡いでいるのだ。
「やっと、会えた……」
周りの目など気にせず抱き付けば、情けない声を上げながらもしっかりと受け止めてくれた。
耳元で聞こえる鼓動が心地良く、もっとよく聞くために耳を押し当てれば頭上から困惑した声が降ってきた。
「ちょ、ちょっと、蕗…………」
露骨に狼狽している姿を想像しながら目を閉じると、脳に送られる情報が凝縮される。蕗の脳内と心を満たすのは、こうして抱きついている仁武という存在だけであった。
徐々に早くなる鼓動、視界いっぱいを彼の胸元が埋めた。
こんなにも彼の身体は大きかっただろうか。こうして抱きつけばよろめきながらも受け止める力を持っていただろうか。
離れていた十年間という時を経て蕗が成長したように、仁武もまた成長していた。
「皆が見てるよ」
「いい、いいの。もう今更でしょう?」
やけに開き直った蕗の発言に仁武は戸惑いを隠せていない様子だったが、やがてそっと蕗の背中に手を回した。
現在の時刻は日が傾き出す夕刻であり、幸いなことに店内から客が捌けた後だ。
店の奥から鏡子達からの視線を感じたが、彼女達であれば見られていもいい。半ば見せつけるように、一層彼を抱き締める腕に力を込めた。
「ずっと待っていたんだから。……手紙、嬉しかったよ」
「こっちこそ。勢いで贈った手紙だったのに返事をくれるなんて」
後頭部に温もりを感じ、顔を上げると仁武の優しい微笑みが見下ろしていた。
蕗のうねった黒髪の癖っ毛を撫でながら、愛おしげにその目は細められる。
「嫌われていなくて、忘れられていなくて良かった」
入口の扉から差し込む夕焼けを背に受けながら微笑む彼の姿は、やはり昔の面影など微塵も見せない。それなのに、こんなにも心地良いのは何故なのだろう。



