「それで、次に聞きたいことは?」
青年は何も問うこと無く、質問にだけ答えるつもりでいるらしい。大して気にしていないようだが、仁武としては何とも悪い気がした。
しかし話の続きを促されて滞らせるわけにもいかない。やけに楽しげな表情を向けてくる青年には目を向けず、十年前から心の奥で引っかかっていた疑問をぶつける。
「どうして、お前は蕗のことを知っていたんだ? この丘でお前に痛めつけられた日に言っていたけど、お前はやけに蕗について詳しかった。俺が全然蕗のことを知らなかったのもあるだろうけどさ、それにしては知り過ぎじゃないかって」
「ああ……」
何か知っているのか目を彷徨わせ、考え込むふりを見せた。あくまでもふりであり、決して考えているわけではないようだ。
もう一度視線を合わせてきた青年は微かに笑みを見せると、首を傾げて何とも曖昧な生返事をしてきた。
「さあ? 分からねぇ」
「何だよそれ」
「本当に知らないんだって。その、蕗? って子のことは何にも知らねぇよ」
生返事をしつつも、青年自身、仁武と同じで理解できていないようであった。知っている気がするが何故知っているのか、何処で知ったのかが分からない。
しかし、知らないわけではないため知らないとも答えられない。何とも曖昧だが、一番もどかしく思うのは青年自身である。
「それは“自分の中に別の自分がいる”っていう話に関係するか?」
「…………まあ、話は噛み合うよな」
何故そうも他人事のように言うのか疑問に思うが、いちいち聞いていては話が進まなくなってしまう。今はもっと重要なことを聞くべきだ。
青年の体調があまり優れないようだし、長時間外にいるのは身体に堪える。極力手短に、知るべきことを知るために尽力するべきだろう。
「いつからだ? 自分の中に別の存在が現れ始めたのは」
「それがだなぁ、物心がついた時にはすでにいた気がするんだよ。意識ははっきりしているんだけど、その別の存在が表に出ている時の俺は何もできない。声を出すことも寝ることも感情を表に出すことも、自分の脳で考えられるのに行動に移せないんだ。何つうか、拒まれている? っていうか」
青年の真っ黒な髪が風に靡く。長い前髪が風で揺れ、切れ長の目が垣間見える。
自分の胸に手を当て、そこにある鼓動を確かめるようにしながら青年は語る。
「多分、その蕗って子を知っているのは俺じゃなくて、俺の中にいる別の俺なんだと思うんだよ。こんなことを言えばお前を怒らせるだけだろうけど、ここでお前に言った話なんて俺は何も知らないんだ。自分の意志と反して勝手に血だらけのお前に語っていて、自分でも何言っているんだろうって思ってた。けど」
「けど?」
「やっぱり知っている気もするんだ。顔なんて見たことねぇし、名前もお前から聞かなかったら知らないままだったくらいなのに、全く知らないってわけでもないように思うんだ」
話を聞きながら必死に理解しようと尽力するが、すでに限界が来ていた。話が耳から入って耳から出ていく。
元々大した学力があったわけでもないし、物事を考えることが苦手なのだ。だからこそ、青年の話は到底理解できるようなものではなかった。



