木漏れ日が木々の間から差し込み、二人に向って淡く降り注ぐ。その心地良さに身を委ね目を閉じると、この空間に存在する音という音が耳に届く。
葉が擦れ合う音、鳥の鳴き声、風の音、町から聞こえる人々の声、自分の呼吸音、青年の息遣い。
自然が織り成す音が子守唄のように聞こえて、目を閉じているとまどろみの中に落ちていきそうだ。
「ごほっ、ごほっ……」
その時、激しい青年の咳き込む音が聞こえて目を開ける。隣に目を向けると、口元を手で覆いながら青白い顔を俯いて隠していた。
少しすると落ち着いたようで、顔を上げるとぼんやりと目の前にある景色を眺め出す。
「何から話す?」
「まずは、お前がそんなになった理由から聞かせてくれ」
ぼんやりと光のない目を向けると、ふっと笑みを零し、また目を逸らす。まるで「そんな事を知りたいのか」とでも言いたげに、伏せられた目はやけに優しく細められていた。
仁武の問を聞いた青年は、入りたくない領域に足を突っ込みつつも渋々語り出す。
「お前が町を出てからさ、きっぱり誰かに操られているような感覚が無くなったんだ。自分の中にいる別の誰かはお前と目が合った時に出てきて、そんで興味を失った瞬間に消える。それまで毎日そんな事が起こっていたのに、お前がいなくなった途端に消えたからさ、それからはつるんでた奴らとも縁を切ったよ」
青年の目の色が変わり、丘の頂上から見える景色を悲しみが入り交じる目で眺め始めた。
隣でその様子の変化を見ていた仁武は、思わず目を逸らしてぐっと奥歯を噛む。何となくだが、その後何があったのかを想像できてしまったのだ。
「そっからはばあちゃんと母親と暮らして、まあ穏やかだったよ。ばあちゃんからは人が変わったって言われるくらい丸くなったらしい、俺はそんな事知らねぇんだけど。そっから、大体一年後くらいかな。何の突拍子もなく俺は倒れた」
「え………?」
「結核、ってやつらしい。一回だけ血を吐いて本当にやばいところまで行ったんだけど、まあ、何とか今も生きている」
なんてことのないように言った青年は仁武の方に振り向くと、先程とは打って変わって穏やかな笑みを浮かべていた。
貼り付けた愛想笑いのような表情を見てしまうと、やはり憎いと感じながらも突き放すことができない。
何度も恨み、何度も憎んだ相手であるのに、目の前にいるのは自分を虐めていた相手とは別人のように感じるのだ。だからなのか、嫌味の一つも言う気にならない。
青白い顔が陽の光に晒され、微かに影を落とした。
「こんなところにいて大丈夫なのか? 病院には? 家にいなくていいのか?」
「病院にはとっくに行った。でも治療法はないって突き返されたんだよ。家にはもう誰もいねぇし、ここにいれば少しだけ楽になれるんだ」
まるでお前もそうだろうと言わんばかりの同情を乞うような視線。
確かにこの丘にいると気持ちの整理がつくし、頂上から見える景色が好きで何度か訪れていた。
けれどこの場所に対する思い入れは、青年と自分とでは大きく差があるのだろう。
自分にとっては美しい景色が見えて、蕗と約束を交わした場所。しかし青年にとっては目覚めたときからこの場所にいて、何をするにもこの場所が中心になっている。
自分が先客であるというのに、後からやって来た者が我が物顔をしていたら、苛立つのも無理はないだろう。
責めるでもなく、怒りを見せるでもなく、昔話を語り聞かせるように青年は話した。
語られる内容は、とてもじゃないが昔話と言って終わらせられようなものではない。しかし青年が纏う空気が口を挟むなと言っているようで、何も言うことができなかった。
葉が擦れ合う音、鳥の鳴き声、風の音、町から聞こえる人々の声、自分の呼吸音、青年の息遣い。
自然が織り成す音が子守唄のように聞こえて、目を閉じているとまどろみの中に落ちていきそうだ。
「ごほっ、ごほっ……」
その時、激しい青年の咳き込む音が聞こえて目を開ける。隣に目を向けると、口元を手で覆いながら青白い顔を俯いて隠していた。
少しすると落ち着いたようで、顔を上げるとぼんやりと目の前にある景色を眺め出す。
「何から話す?」
「まずは、お前がそんなになった理由から聞かせてくれ」
ぼんやりと光のない目を向けると、ふっと笑みを零し、また目を逸らす。まるで「そんな事を知りたいのか」とでも言いたげに、伏せられた目はやけに優しく細められていた。
仁武の問を聞いた青年は、入りたくない領域に足を突っ込みつつも渋々語り出す。
「お前が町を出てからさ、きっぱり誰かに操られているような感覚が無くなったんだ。自分の中にいる別の誰かはお前と目が合った時に出てきて、そんで興味を失った瞬間に消える。それまで毎日そんな事が起こっていたのに、お前がいなくなった途端に消えたからさ、それからはつるんでた奴らとも縁を切ったよ」
青年の目の色が変わり、丘の頂上から見える景色を悲しみが入り交じる目で眺め始めた。
隣でその様子の変化を見ていた仁武は、思わず目を逸らしてぐっと奥歯を噛む。何となくだが、その後何があったのかを想像できてしまったのだ。
「そっからはばあちゃんと母親と暮らして、まあ穏やかだったよ。ばあちゃんからは人が変わったって言われるくらい丸くなったらしい、俺はそんな事知らねぇんだけど。そっから、大体一年後くらいかな。何の突拍子もなく俺は倒れた」
「え………?」
「結核、ってやつらしい。一回だけ血を吐いて本当にやばいところまで行ったんだけど、まあ、何とか今も生きている」
なんてことのないように言った青年は仁武の方に振り向くと、先程とは打って変わって穏やかな笑みを浮かべていた。
貼り付けた愛想笑いのような表情を見てしまうと、やはり憎いと感じながらも突き放すことができない。
何度も恨み、何度も憎んだ相手であるのに、目の前にいるのは自分を虐めていた相手とは別人のように感じるのだ。だからなのか、嫌味の一つも言う気にならない。
青白い顔が陽の光に晒され、微かに影を落とした。
「こんなところにいて大丈夫なのか? 病院には? 家にいなくていいのか?」
「病院にはとっくに行った。でも治療法はないって突き返されたんだよ。家にはもう誰もいねぇし、ここにいれば少しだけ楽になれるんだ」
まるでお前もそうだろうと言わんばかりの同情を乞うような視線。
確かにこの丘にいると気持ちの整理がつくし、頂上から見える景色が好きで何度か訪れていた。
けれどこの場所に対する思い入れは、青年と自分とでは大きく差があるのだろう。
自分にとっては美しい景色が見えて、蕗と約束を交わした場所。しかし青年にとっては目覚めたときからこの場所にいて、何をするにもこの場所が中心になっている。
自分が先客であるというのに、後からやって来た者が我が物顔をしていたら、苛立つのも無理はないだろう。
責めるでもなく、怒りを見せるでもなく、昔話を語り聞かせるように青年は話した。
語られる内容は、とてもじゃないが昔話と言って終わらせられようなものではない。しかし青年が纏う空気が口を挟むなと言っているようで、何も言うことができなかった。



