ぴたりと青年の歩みが止まる。何か恐ろしいものを見るような、理解できない摩訶不思議な存在が目の前にいるような、青ざめた顔をおどろおどろしく見せてきた。
昔は自分がこんな絶望した顔をしていたのに。自分だけはこいつのようにはならないと思っていたのに、今の言葉で青年の表情を凍らせた。
これではどちらが悪者か分からないではないか。
「自分の中に自分以外の誰かがいて、俺を虐めていたのはその誰かって言いたい? 結局虐めてきたのはお前じゃないか。毎日怯えながら外に出ていた俺の気持ちが、お前に分かるのか?」
青年は何かを言おうとして口を開けるが、何も言葉が出てくることなく固く閉ざされる。今にも泣き出しそうな顔を向けて、こちらに伸ばしていた手をゆっくりと下ろした。
この町に自分がいなかった十年間で、この青年の身に一体何があったのだろう。
こんなにも痩せ細って、顔色が悪くなって、自分が虐めていた相手に縋り付くようになって。何がきっかけで、かつての虐めっ子をこんなにも弱々しい青年に変えたのだろう。
「…………ごめん」
風の音にすら掻き消されてしまうくらい小さな声。
俯いた青年の口から何か聞こえた気がするが、上手く聞き取れず流れてしまう。
倒れ掛かるようにして仁武の肩に手をついた青年は、震えた声を喉から絞り出す。
「ごめ、ん…………今まで、本当にごめん」
もし、青年の言う自分の中に別の自分がいるという話が本当ならば、目の前にいる青年が本当の彼なのだろうか。
自分を虐めていた彼は偽物で、本物の彼は決して人を虐めるような人物ではない。自分が悪かったと素直に謝れるような人物なのか。
信じられるわけがない。……信じたくない。
肩を掴んでいた手に触れると、随分と震えていた。何がそんなに青年を脅かしているのかなど知ったことではない。
それなのに、どうしてだろう。
「ちょっと…………頭に血が上っていたみたいだ。もう、いい。もう忘れたいから、昔のことなんて忘れたいから、これ以上何も話さないで」
手を下ろしながら冷たく吐き捨てると、青年が少しだけ晴れた顔で見上げた。
やはりこの青年は自分を虐めていたあの虐めっ子ではない。言っていた通り偽物なのかもしれない。
「でも、俺はお前に聞きたいことがある。この際、洗いざらい話そう」
この十年間で青年の身に何があったのか、自分の中にいる別の存在が何なのか、何故蕗のことを知っていたのか。
仁武が見ていた青年が全て偽物であったならば、全てを話したとて悪いことはないだろう。
この青年しか知らないことがあり、自分にはその話を聞く権利があるはずだ。そうでなければこれまで感じていた痛みが、ただ無駄になってしまう。
丘の上にある木の中で、比較的背の低い名も分からない木の下に座ると、つられて青年もその横に腰を下ろした。
昔は自分がこんな絶望した顔をしていたのに。自分だけはこいつのようにはならないと思っていたのに、今の言葉で青年の表情を凍らせた。
これではどちらが悪者か分からないではないか。
「自分の中に自分以外の誰かがいて、俺を虐めていたのはその誰かって言いたい? 結局虐めてきたのはお前じゃないか。毎日怯えながら外に出ていた俺の気持ちが、お前に分かるのか?」
青年は何かを言おうとして口を開けるが、何も言葉が出てくることなく固く閉ざされる。今にも泣き出しそうな顔を向けて、こちらに伸ばしていた手をゆっくりと下ろした。
この町に自分がいなかった十年間で、この青年の身に一体何があったのだろう。
こんなにも痩せ細って、顔色が悪くなって、自分が虐めていた相手に縋り付くようになって。何がきっかけで、かつての虐めっ子をこんなにも弱々しい青年に変えたのだろう。
「…………ごめん」
風の音にすら掻き消されてしまうくらい小さな声。
俯いた青年の口から何か聞こえた気がするが、上手く聞き取れず流れてしまう。
倒れ掛かるようにして仁武の肩に手をついた青年は、震えた声を喉から絞り出す。
「ごめ、ん…………今まで、本当にごめん」
もし、青年の言う自分の中に別の自分がいるという話が本当ならば、目の前にいる青年が本当の彼なのだろうか。
自分を虐めていた彼は偽物で、本物の彼は決して人を虐めるような人物ではない。自分が悪かったと素直に謝れるような人物なのか。
信じられるわけがない。……信じたくない。
肩を掴んでいた手に触れると、随分と震えていた。何がそんなに青年を脅かしているのかなど知ったことではない。
それなのに、どうしてだろう。
「ちょっと…………頭に血が上っていたみたいだ。もう、いい。もう忘れたいから、昔のことなんて忘れたいから、これ以上何も話さないで」
手を下ろしながら冷たく吐き捨てると、青年が少しだけ晴れた顔で見上げた。
やはりこの青年は自分を虐めていたあの虐めっ子ではない。言っていた通り偽物なのかもしれない。
「でも、俺はお前に聞きたいことがある。この際、洗いざらい話そう」
この十年間で青年の身に何があったのか、自分の中にいる別の存在が何なのか、何故蕗のことを知っていたのか。
仁武が見ていた青年が全て偽物であったならば、全てを話したとて悪いことはないだろう。
この青年しか知らないことがあり、自分にはその話を聞く権利があるはずだ。そうでなければこれまで感じていた痛みが、ただ無駄になってしまう。
丘の上にある木の中で、比較的背の低い名も分からない木の下に座ると、つられて青年もその横に腰を下ろした。



