嘘つきと疫病神

 青年の表情が少しずつ色を失っていく。光のない目を見開き、昔は罵声を吐き出していた口を閉じることも忘れて開けっ放しにしている。

「嫌に決まってんだろ。お前のせいで、俺は今でも怖いんだよ。何をするにしても、その先には怖いことが待ってるって考える癖がついたんだよ」

 これまでの鬱憤を込めた凄みを利かせた目で睨みつければ、青年は罰が悪そうに目を逸らした。
 誰かに目を背けられるというのは、こんな気持ちなのか。
 誰かに目を背けられると、こんなにも苛立つものなのか。
 相手が過去で自分を傷だらけにした張本人であるからなのかもしれない。けれどそれだけではない。
 自分の身体に傷をつけたのも、人生を狂わせたのも全て青年が悪いというのに、青年の分かりきったような悟ったような仕草が腹立たしいのだ。

「なんで、俺だったんだ。なんで俺じゃないといけなかったんだ」

 蕗と出会う前からこいつは自分のことを集団で虐めてきていた。そして、いつも自分が痛めつけられている様子を影で見ているだけだった。
 いつも、見世物を見るように楽しげに笑っているのだ。

「それは……」

 ゆっくりと青年が口を開く。またあの時のように罵声を浴びせられるのだろうか。
 お前のせいだと、お前のせいだと何度も言われてしまうのか。
 ……お前のせい?

「この場所の写真をお前が我が物顔で撮っているのが苛ついたから」

 太陽に雲が掛かって辺りが薄暗くなっていく。青年の顔に影が落ち、青白い肌も相まって不気味な雰囲気を醸し出す。

「物心ついたときから俺はこの場所にいたんだ。これまでに何人もの人がここに来たけど、その中でもお前だけは許せなかった」

 青年は仁武に向って一歩踏み出す。仁武は一歩退いた。
 近づき、遠のき、近づき、遠のく。
 何度か繰り返せば痺れを切らした青年が大きく踏み出した。一瞬で距離が近づき、青年の青白い不健康そうな顔が眼前に迫る。
 いつの間にか息をすることすら忘れていた。青年から目を離せず、震える口を開けたり閉めたりしながら見つめる。

「俺は、あの木の下で生まれたんだよ。俺にとってはここが家みたいなものだった。それなのに、お前がここに毎日のように来るから、ここから見える景色をお前に知られたから、許せなかった」

 所詮、ただの嫉妬心でしか無かった。自分だけしか知らない秘密基地だとでも思っていたのに、いきなりやって来た子供が自分のもののように過ごし始めて。
 この場所は写真に収められたことによって一生形に残せるようになってしまった。
 形に残らないからこそ、記憶の中にだけ残せるからこそ美しいのに。

「だから俺は、あの日、ここでお前に手を上げちまった」

 自分が生まれた場所、自分にとって何にも代え難い場所を守りたいと思っただけ。
 そのはずだったのに、十年前の朝から暑かったあの日。
 自分はこの場所で、目の前にいる青年に血を流させた。苦しめた、傷つけた。
 許されないことをしたと分かっている。端から見れば自分が悪役になるのも分かる。
 けれどあの時、自分の中に自分ではない別の存在がいる気がしたのだ。仁武を虐めている時も、自分の意志に反した行動しか取れなかったのだ。