「でかくなったなお前。俺より背、高いんじゃねえか?」
真っ直ぐと目が合った青年は、まるで昔の自分を知っているような口ぶりで何気なくそう言った。
誰だこの人。どうして俺の名前を知っている。どうして昔の俺のことを知ったような口ぶりをしているんだ。
そう思った所でふと気が付く。
この青年に、一方的な関係を築いた知り合いの面影が重なった。
「なんでお前が、ここに…………?」
「なんでって、忘れたわけじゃねえだろ」
ざあっと強い風が二人の間を通り過ぎていく。この細身の青年を見た瞬間、消えたと思っていた不安が再び胸の中で渦を成す。
思わず問いかけると、青年は不機嫌極まりないと言った表情を浮かべた。失言だったと後悔するが、すでに後の祭りである。
「帰ってきたんだな、この町に」
自分が帰ってきたことによる利点など青年にはないだろうに、やけに嬉しげに青年は表情を綻ばせた。
その表情の変化にすら恐怖を感じる。青年の印象は大柄で怒りっぽく、目が合えば殴り掛かって来るような奴。
こうして向かい合っている間にも、青年に殴りかかられるのではないかという不安がふつふつと込み上げてきた。
「別に、お前には関係ないだろ。俺がこの町に帰ってこようが」
「まあ、そうなんだけどな」
曖昧な返事をしながら青年は仁武から目を逸らす。ぼんやりと明後日の方向に向けられた目は、丘の下に広がる町を見ているようだ。
物憂い気な何かに思いを馳せているようで。
「お前がこの町からいなくなってから、もう十年か」
「だから何だ」
「なんでお前はそんなに喧嘩腰なんだよ」
「お前のせいだろ。お前のせいで、俺はこんなになったんだ」
二人の頭上を一羽の烏が横切っていった。カァカァと耳障りな鳴き声が少しづつ遠ざかっていく。
互いに何も言わない。何も言えず、視線を合わせること無く俯いて目を閉じる。
こんな時間、早く終わってくれ。
こうして、昔自分を虐めてきた相手と会話することがどれだけ屈辱的なことか、この青年は知らないのか。
先程まで感じていた不安が徐々に苛立ちへと変わり、腹の底で煮え滾り出す。
「………そうだよな。嫌だよな、誰だって」
青年の視線を感じる。目を開けて顔を上げると、やけに優しく細められた目が見つめていた。
「虐めてきた相手といるなんて、嫌だよな」
違う、こいつはこんな事を言うような奴ではない。もっと傲慢で自分勝手で、他人のことなんかまるで考えないようなやつだ。
そんな最低な奴であるはずなのに、どうしてこいつはこんなにも悲しげな表情を浮かべているんだ。
まるで過去の出来事を後悔しているような、自分の行動を悔いているような、そんなやるせないと言った表情。
「……けんなよ」
昔は何をするにもその後に待ち受けている災厄を気にして、行動に移せず逃げ出すことが多かった。
目の前にいる虐めっ子や親にも歯向かう勇気がなくて、いつも黙って言いなりになっていた。
その度に何もできない自分に苛立って、後で後悔して悔しかった。
「巫山戯んなよ、今更」



