嘘つきと疫病神

 外から差し込む夕焼けで部屋の中が橙に染まる。読んでいた本を閉じ、ぼんやりと窓の外に目向けた。

 あの手紙は君の所に届いただろうか。君は手紙を読んでくれただろうか。
 この夕焼け空を君も見ているのだろうか。

「写真機があれば、この空も撮れたのになあ」

 祖母の影響で興味を持ち、次第に好きになっていった写真。夢に見るほど大好きだったはずなのに、十年も触れていないと遠い昔話のように感じてくる。
 
 それでも君が綺麗だと言ってくれたから、写真もあの丘のことも好きになれた。
 君が初めて、俺が撮る写真を認めてくれたんだ。

 人間の記憶はいつか薄れていく。祖母と暮らした町での何気ない日常のことなど、もうほとんど覚えていない。
 毎日のように自分よりも体格の良い虐めっ子達に痛めつけられて、身体中に包帯が巻かれる。そんな日常のことばかり、あの町で過ごした日々の記憶として残っていた。
 机の上に飾られている写真立てを手に取る。その写真を眺めている間は、彼女と過ごした日々が辛い記憶を上書きしてくれる。
 この写真があるから今も故郷のことを忘れずにいられるのだ。
 
 綺麗だと思った。彼女の咲き誇る花のような笑顔が。
 綺麗だと思った。彼女の流す硝子玉のような涙が。
 綺麗だと思った。彼女の潤んだ瞳が。

 この写真を見ていると、彼女が涙ながらに約束してくれた日のことを思い出す。出会ってから一度も光を宿すことのなかった目に光が宿った瞬間。青空の下、陽の光を受けて煌めく涙が今も忘れられない。
 我ながら中々に恥ずかしいことを考えているな。そう分かっていても、十年も昔に出会った少女のことを引き摺って、手紙を送った。
 たとえ忘れられているとしても、迷惑だと思われても、自分は今も生きていると伝えたかった。
 ただ一つ叶うのなら、彼女が生きているとこの身で感じたい。
 何だっていい、噂話でも言伝でもいいから知りたい。あわよくば、形に残せる物なら。

 コンコン。

 硬い物が板に当たる音。音は部屋の入口付近から聞こえ、その方向に目を向けた。
 机の前から立ち上がり扉の前に立つと、外から若い男の声が聞こえてくる。

「風柳殿、お届け物です」

 慌てて扉を開けると、若い郵便配達員が立っていた。深く帽子を被っており、その表情はよく見えない。
 郵便配達員は半ば投げやりに鞄から取り出した封筒を押し付けると、逃げるようにその場から去っていく。
 受け取った封筒は中に紙が入っているようで、宛名がない手紙のようである。