嘘つきと疫病神

 全部偶然、運が悪く全てが重なってしまっただけなのだと言ってくれる人が傍にいなかった。
 だから自分は疫病神なのだと疑うこと無く信じ込んだ。
 仁武はこの町に、蕗がいる町に帰ることを望んでいる。そして蕗もまたそう望んでいる。
 しかし本当にそれでいいのだろうか。疫病神だと虐げられている自分の傍に戻って、彼は幸せになるのか。また昔みたく誰かに虐められて、苦しむ生活が戻ってくるのではないか。
 考えれば考えるほど、彼が返ってくるであろう日が近づいて来ている気がする。そしてその日に対して、恐怖している。
 気がつけば、あれだけ流れていた涙が止まっていた。嬉しいと心から思い、いつか訪れるであろうその日へ思いを馳せていたのに。
 今は訪れてほしくないと願っている。

「なんで私が、仁武の幸せを決めているの……? 仁武にとって帰ってくることが幸せなんだから、それでいいのに……」

 仁武にとってこの町に帰ってくることが幸せならば、蕗にとっても彼が帰ってくることは幸せと言えるはずだ。
 それでも尚、恐れてしまうのは。

「怖いんだ………。また離れ離れになるのが…………」

 十年前、ずっと傍にいると誓い合った彼は遠くの街に行ってしまった。最後には抵抗すること無く、小さくなっていくその背中を眺めているだけだった。
 昔みたく傍にいられるとしても、また離れ離れになってしまう。そんな気がしてならないからこそ、恐れているのだ。
 それでも、それでもいいから。

「ずっと、待っていたんだからね」

 机の傍らに置いている引き出しから万年筆と便箋を取り出す。少し色褪せた便箋も万年筆も鏡子が譲ってくれたものだ。
 万年筆の蓋を外し、机の上に便箋を置く。もう気持ちの整理はついた。

 初めて書く手紙だから読みにくいだろうけれど、そこは目を瞑ってほしい。
 この一枚の白い紙に私の想いを書けるだけ書くから、どうか貴方に届きますように。
 そしてこの手紙が貴方の元へ届いた暁には、幼い頃の私にこう言ってあげて。

「たとえ離れ離れになってしまっても、自分達は手紙の中で繋がっている」と。

「ねえ、鏡子さん」
「どうしたの?」
「手紙を出すのって、どうすればいい?」

 店内の机に卓上ランプを置いて、大して興味もない雑誌を読んでいた鏡子はぽかんと呆けた表情を浮かべた。
 蕗は店の奥から顔を出し、何処か恥ずかしげに手に持っていた手紙を見せながら言う。
 その仕草を見て、鏡子は彼女が言わんとしていることを汲み取った。

「切手を貼って郵便局に持っていくのよ。確か、切手が余っていたはず……。ちょっと待っててね」

 雑誌を閉じると椅子から立ち上がって、部屋の中にある店の中を漁り出した。そして何か小さな紙切れを一枚手渡してくる。

「届くといいわね」

 鏡子のその言葉を聞いて、もう何も怖くはなくなった。