流れるままに二枚目へと手を伸ばす。
二枚目は一枚目に比べて少し色褪せていた。外で書いたのか、日が当たる窓辺に置いていたのか。
もし前者であれば、それだけ長い時間を掛けてこの手紙を書いてくれたということだろう。考えすぎだが、手紙を送ってきてくれたという喜びに気分が上がっていたのだ。
二枚目。
『まともな別れを告げられぬまま、十年という時が過ぎてしまいました。今でもあの時にできることがあったのではないかと後悔しています。貴方と離れることになったことが、貴方を独りにすることになってしまったことが気がかりでなりません。ですから、今もあの丘で交わした約束を忘れられないままでいます。貴方が傍にいたいと願ってくださったから、私も共にいたいと思えました。結局は呆気なく離れることになってしまいましたけれど。ですが、貴方がいるであろうあの町を離れる際に言った言葉は嘘ではありません。いつか必ず貴方の元に帰ります。ですからどうか、その日まで待っていてください』
ぽたりと便箋の上に雫が落ちる。文字がぼやけて、嗚咽が漏れて、まともに手紙を読んでいられない。
もしかしたら、とうの昔に忘れられているのかもしれないと思っていた。何処かで生きてくれていたらそれでいいと思っていた。
丘の上で交わした約束は自分だけしか覚えていなくて、彼にとってはただの遊びに過ぎなかったのではないかと思っていた。
けれど、彼はその約束を覚えていた。覚えてくれていた。
傷だらけの彼を見つけた時に世界の終わりを感じて、遠くに行ってしまうのではないかという不安が身体を蝕んだ。
だから涙ながらにも己の本心を彼に打ち明けた。本当に思っていることを伝えたら、彼はずっと傍にいてくれるのではないかと期待したから。
伝わっていないかもしれないと不安に思ったけれど、彼にはちゃんと伝わっていたらしい。
しっかりと伝わっていたからこそ、こうして手紙を送ってくれたのだ。
「遅い、遅いよ……」
十年間、十年間も待っていたのだ。彼との約束をひたすらに信じ続けて、いつか帰ってきてくれると信じてこの町に残り続けた。
鏡子のおかげで柳凪という居場所ができ、この町に残る理由ができた。
「やっとだね。……仁武」
三枚目。
『貴方が私の家に来た時に綺麗だと言ってくれた写真を覚えていますか。今、私がこの手紙を書いている机の上に、あの丘から撮った写真があります。祖母から譲り受けた写真機で撮った初めての写真を貴方に褒めていただけたのが、当時の私には何よりも嬉しかったのです。遅くなってしまいましたが、私は元気に生きていますので貴方もどうか安心してください。 風柳仁武』
そこで手紙は終わる。
最後の行を読む頃には、視界が涙で歪んでほとんど見えていなかった。それでも彼の思いが、決意がひしひしと伝わってくる。
十年間感じてきた不安から、やっと今開放された。手紙が手の中から滑り落ち、顔を覆う指の間から涙が零れ落ちた。
二枚目は一枚目に比べて少し色褪せていた。外で書いたのか、日が当たる窓辺に置いていたのか。
もし前者であれば、それだけ長い時間を掛けてこの手紙を書いてくれたということだろう。考えすぎだが、手紙を送ってきてくれたという喜びに気分が上がっていたのだ。
二枚目。
『まともな別れを告げられぬまま、十年という時が過ぎてしまいました。今でもあの時にできることがあったのではないかと後悔しています。貴方と離れることになったことが、貴方を独りにすることになってしまったことが気がかりでなりません。ですから、今もあの丘で交わした約束を忘れられないままでいます。貴方が傍にいたいと願ってくださったから、私も共にいたいと思えました。結局は呆気なく離れることになってしまいましたけれど。ですが、貴方がいるであろうあの町を離れる際に言った言葉は嘘ではありません。いつか必ず貴方の元に帰ります。ですからどうか、その日まで待っていてください』
ぽたりと便箋の上に雫が落ちる。文字がぼやけて、嗚咽が漏れて、まともに手紙を読んでいられない。
もしかしたら、とうの昔に忘れられているのかもしれないと思っていた。何処かで生きてくれていたらそれでいいと思っていた。
丘の上で交わした約束は自分だけしか覚えていなくて、彼にとってはただの遊びに過ぎなかったのではないかと思っていた。
けれど、彼はその約束を覚えていた。覚えてくれていた。
傷だらけの彼を見つけた時に世界の終わりを感じて、遠くに行ってしまうのではないかという不安が身体を蝕んだ。
だから涙ながらにも己の本心を彼に打ち明けた。本当に思っていることを伝えたら、彼はずっと傍にいてくれるのではないかと期待したから。
伝わっていないかもしれないと不安に思ったけれど、彼にはちゃんと伝わっていたらしい。
しっかりと伝わっていたからこそ、こうして手紙を送ってくれたのだ。
「遅い、遅いよ……」
十年間、十年間も待っていたのだ。彼との約束をひたすらに信じ続けて、いつか帰ってきてくれると信じてこの町に残り続けた。
鏡子のおかげで柳凪という居場所ができ、この町に残る理由ができた。
「やっとだね。……仁武」
三枚目。
『貴方が私の家に来た時に綺麗だと言ってくれた写真を覚えていますか。今、私がこの手紙を書いている机の上に、あの丘から撮った写真があります。祖母から譲り受けた写真機で撮った初めての写真を貴方に褒めていただけたのが、当時の私には何よりも嬉しかったのです。遅くなってしまいましたが、私は元気に生きていますので貴方もどうか安心してください。 風柳仁武』
そこで手紙は終わる。
最後の行を読む頃には、視界が涙で歪んでほとんど見えていなかった。それでも彼の思いが、決意がひしひしと伝わってくる。
十年間感じてきた不安から、やっと今開放された。手紙が手の中から滑り落ち、顔を覆う指の間から涙が零れ落ちた。



