嘘つきと疫病神

 しばらく受け取った手紙を眺めるが、宛名がないという部分以外は何らおかしな所は見当たらない。至って普通の、ありふれた封筒である。
 鏡子の言う“いいもの”という部分は理解できないが、彼女が自分に渡すということはこの手紙は自分宛てのものなのだろう。何故宛名がない手紙を蕗宛であると知っているのか疑問に思う部分は多いが、今はこの手紙が誰から送られてきたのかを確認するのが先だ。
 扉を閉めて部屋の中に戻ると、端に設置されている机の前に座り込んだ。外はすっかり日が沈み、机の上の卓上ランプだけが辺りを淡く照らしている。
 不審な部分が多い気がするが、一先ず中身を確認しようとのりで閉じられた封をゆっくりと開けた。
 封筒の中には三枚の便箋が入っていた。小さく折りたたまれた便箋を広げると、びっしりと最後まで文字が綴られている。
 見たことのない文字だ。慣れないインクを使ったからか所々文字が滲んでいる。
 元々文字を読むことは愚か、書くことすらできなかった蕗であった。しかし十年の間で、文字の読み書きが人並みほどまでできるようになった。
 そんな今だからこそ、誰から送られてきたのか分からない手紙を読むことができる。鏡子が熱心に文字の書き方と読み方を教えてくれたおかげだ。

「一体、誰からだろう」

 特に文通しているような相手がいるわけではない。自分に手紙を送ってくるような人物など、思い当たる節がなかった。
 卓上ランプの淡い光に便箋を当てて、一行目から順に目を通していく。

「え…………?」

 思わず声が漏れた。便箋を持つ指先が震え、文字を追う目が揺れ動いている。
 
 一枚目。

『突然の手紙、失礼します。私のことを覚えていますでしょうか。十年前に貴方の元を離れてから色々あり、身の上をご報告するのが遅くなってしまいました。長年ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。この手紙を読んでいるということは、無事に貴方の元へ届いたのでしょう。そして、この手紙を書いたということは私は元気です。あれから体調を崩したりはしていませんか。毎日食事を摂って眠ることができていますか。貴方が元気に生きているのなら嬉しい限りです』

 随分と丁寧な言葉使いで、自分のことを心配する内容が綴られている。まるで母親のように心配しているのが何ともおかしい。
 微かに笑みが零れて胸の奥が暖かくなる。この手紙からは、不思議と心を包み込む優しさを感じられる。
 ここまで丁寧な言葉使いはしていなかったが、この優しさはよく知っていた。