父親が自分の言葉を遮られたことに苛立ちを露わにする。凄みを利かせた目で睨みつけられるが、仁武は怯まず真っ直ぐとその目を見つめた。
作り物のように濁った目は自分のことすら映していない。目の前にいる我が子のことすら眼中には無いようである。
「違う、違う。……蕗は、そんなんじゃない」
父親は彼女のことを何も知らない。彼女がどんな思いで生きてきて、何を思って傍にいたいと願ってくれたのか。
この人は何も知らないのだ。それなのに知ったような口ぶりで彼女のことを語っている。
無理矢理連れ帰ろうとしてきたことよりも、写真家になりたいという夢を否定されたことよりも、蕗という存在を否定されたことが何よりも許せなかった。
「何も知らないくせに、知ったような口聞くなよ」
バチン!
人で溢れ返っている車内に、風船が割れたような衝撃音が鳴り響く。突然の出来事に仁武を含めた乗客は目を剥いた。
左頬が焼けるように痛い。じわじわと込み上げる痛みに状況が理解できず、ぎこちなくゆっくりと顔を上げる。
鬼の形相で右手を掲げている母親。肩で激しい呼吸をしながら、口をわなわなと震わせた。
「お義母さんは、貴方をそんな生意気な子に育てたの!? 貴方はどうして私達に恥をかかせるの!」
恥?
生意気?
何を言っているんだこの人は。何をしているんだこの人は。
痛む左頬に手を添えながら、何も言えず怒りに狂った母親を見上げた。先程まで見せていた能面のような微笑みはすでに無く、頬を真っ赤に染め上げて赤鬼を彷彿とさせる。
「私達はただ、貴方に幸せになってほしいから言っているのよ。将来のことを考えて、貴方が道を踏み外さないようにって」
「じゃあなんで、俺のことを考えているならなんで否定したんだよ。俺の将来を考えているなら、なんで諦めろなんて言ったの?」
言いたいことが山ほどあるはずなのに。何かを言おうとして口を開けば、言葉が情けなく震える。
視界が歪み出して、母親の怒りに染まった顔が曇ったようにぼやけた。
「俺のことを考えているって言っておきながら、結局は自分達のことしか考えていないんだろ?」
もう一度母親が手を振り上げる。次は何処を叩かれるのか想像できない。先程は頬だったからいいものの、その長い爪が目に入りでもすれば最悪の場合失明してしまうだろう。
失明してしまったらもう両親の憎い顔を見なくて済むし、不便だろうが地獄を見るよりはマシかもしれない。
両親は自分のこのひねくれた部分を生意気だと言ったのだろう。確かに考え方が下劣で最低だ。
殴られて痛みを感じることにも、罵声を浴びて傷つくことにも慣れた。だから殴るなら早く殴ってほしい。
そう思っても、中々母親は手を挙げなかった。閉じていた目を開けて見上げると、父親が母親の腕を掴んで動きを封じていたのだ。
てっきり殴られるのかと思って身構えていたのに拍子抜けした。もう一度殴られたら、両親のことを恨むことができたかもしれないのに。
「そんな事を言うなど、お前は失敗作だ」
父親の言葉は母親に殴られるよりもずっと、それまで形を保っていた心を無慈悲にも抉った。
失敗作、しっぱいさく、シッパイサク。
何度もその言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消え、やがて仁武の脳内の全てを支配していった。
作り物のように濁った目は自分のことすら映していない。目の前にいる我が子のことすら眼中には無いようである。
「違う、違う。……蕗は、そんなんじゃない」
父親は彼女のことを何も知らない。彼女がどんな思いで生きてきて、何を思って傍にいたいと願ってくれたのか。
この人は何も知らないのだ。それなのに知ったような口ぶりで彼女のことを語っている。
無理矢理連れ帰ろうとしてきたことよりも、写真家になりたいという夢を否定されたことよりも、蕗という存在を否定されたことが何よりも許せなかった。
「何も知らないくせに、知ったような口聞くなよ」
バチン!
人で溢れ返っている車内に、風船が割れたような衝撃音が鳴り響く。突然の出来事に仁武を含めた乗客は目を剥いた。
左頬が焼けるように痛い。じわじわと込み上げる痛みに状況が理解できず、ぎこちなくゆっくりと顔を上げる。
鬼の形相で右手を掲げている母親。肩で激しい呼吸をしながら、口をわなわなと震わせた。
「お義母さんは、貴方をそんな生意気な子に育てたの!? 貴方はどうして私達に恥をかかせるの!」
恥?
生意気?
何を言っているんだこの人は。何をしているんだこの人は。
痛む左頬に手を添えながら、何も言えず怒りに狂った母親を見上げた。先程まで見せていた能面のような微笑みはすでに無く、頬を真っ赤に染め上げて赤鬼を彷彿とさせる。
「私達はただ、貴方に幸せになってほしいから言っているのよ。将来のことを考えて、貴方が道を踏み外さないようにって」
「じゃあなんで、俺のことを考えているならなんで否定したんだよ。俺の将来を考えているなら、なんで諦めろなんて言ったの?」
言いたいことが山ほどあるはずなのに。何かを言おうとして口を開けば、言葉が情けなく震える。
視界が歪み出して、母親の怒りに染まった顔が曇ったようにぼやけた。
「俺のことを考えているって言っておきながら、結局は自分達のことしか考えていないんだろ?」
もう一度母親が手を振り上げる。次は何処を叩かれるのか想像できない。先程は頬だったからいいものの、その長い爪が目に入りでもすれば最悪の場合失明してしまうだろう。
失明してしまったらもう両親の憎い顔を見なくて済むし、不便だろうが地獄を見るよりはマシかもしれない。
両親は自分のこのひねくれた部分を生意気だと言ったのだろう。確かに考え方が下劣で最低だ。
殴られて痛みを感じることにも、罵声を浴びて傷つくことにも慣れた。だから殴るなら早く殴ってほしい。
そう思っても、中々母親は手を挙げなかった。閉じていた目を開けて見上げると、父親が母親の腕を掴んで動きを封じていたのだ。
てっきり殴られるのかと思って身構えていたのに拍子抜けした。もう一度殴られたら、両親のことを恨むことができたかもしれないのに。
「そんな事を言うなど、お前は失敗作だ」
父親の言葉は母親に殴られるよりもずっと、それまで形を保っていた心を無慈悲にも抉った。
失敗作、しっぱいさく、シッパイサク。
何度もその言葉が浮かんでは消え、浮かんでは消え、やがて仁武の脳内の全てを支配していった。



