何故二人が困ったように眉を下げて笑っているのか、他人行儀な蕗には分かるはずもない。まだ子供だというのに遠慮ばかりしている蕗が二人には少々異質に思えたのだ。
友里恵からお盆を受け取り、彼女の後ろを付いて客の元へと向かう。
老夫婦が向かい合って座っている席の傍に立ち止まると、お盆から湯呑みを机に移す。一連の動作を友里恵に教わりつつ、見様見真似で蕗も行った。
「どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます。あら、可愛らしい子ですね」
お淑やかに口元に手を当てながら、初老の女性が蕗を見ながら呟く。柳凪で鏡子と暮らすようになってから数日経ったが、こうして店員として店内にいるのは今日が初めてである。
店の常連らしい女性からしてみれば蕗は珍しい存在だろう。
「今日から共には働くことになったんです」
「まあ、小さいのに偉いわね。誰かのご家族かしら?」
「ええ、店主の妹に当たります」
身寄りのない蕗を引き取ってくれた鏡子と血が繋がっているわけではない。独りだったところを救い出してくれた恩人の、姉的な存在である人だ。
心を許して頼りにしてはいるが、変わらず何をするにしても遠慮してしまう癖が抜けない。その癖がうまく距離を縮められない決定的な原因である。
「妹さんなのね。綺麗なお姉さんに可愛らしい妹さん、この店は活気に溢れているわね」
「そう言っていただけで有り難い限りです」
老婆の何かに思いを馳せるようなうっとりとした言葉に、友里恵は貼り付けた笑みを浮かべて答えた。
嘘を吐いている。この老婆も気づいていることだろう、蕗と鏡子が姉妹ではないということに。
わざわざ詮索してこないのは、この時代、親を亡くして独りになる子供が多いからなのかもしれない。
この老夫婦にも子供がいたりするのだろうか。もしいるのならば、無条件に子供のことを愛しているのだろうか。仁武の親のように無理矢理従わせようなんてしないのだろうか。
仁武がいなくなってから数日しか経っていないというのに、やけに昔のことのように感じられる。
今頃、仁武は父親が言っていたように勉強に明け暮れているのだろうか。大好きだった写真を撮るという行為を制限されて、夢を諦めて親に従って生きているのだろうか。
彼がいる街はどのような姿をしているのだろう。父親の装いから、彼がいるのは都会と呼ばれる場所なのだろうか。
自分の知らない世界を教えてくれていた人は、自分の知らない遠い街に行ってしまった。
寂しいはずなのに、悲しいはずなのに。何故かこの現実を受け入れている自分がいる。
仁武にとって両親の元に帰ることが、会社を継いで安定した収入を得ることが彼にとっての幸せなのだと。
自分が決めることでもないのにそうやって受け入れて、諦めていることを彼が知ったら何と言うだろう。
初めて出会った時のように睨みつけて厳しい言葉を掛けられるのだろうか。そうなってしまうと、自分は受け入れつつも後悔に苛まれる気がする。
「お嬢さん」
「えっ、あ、はい」
ぼんやりと考え事をしていると、蕗の顔を覗き込むようにして老婆が呼びつけた。向かいに座っている老人はここに来てからというもの一言も話していない。何処か上の空で、焦点の合わない目をしているようだ。
「私が言うことでもないだろうけれど、何度も通っているから分かるの。ここにいる人達はきっと貴方を助けてくれるわ。だから、遠慮なんてせずに頼りなさいね。私は客と対等に接してくれるこのお店の人達が好きだから通っているの」
老婆の自慢でもするかのような言い方に、隣に立っていた友里恵は一変して嬉しげな笑みを浮かべていた。
何処の誰とも分からない老婆の言葉であるはずなのに、胸の奥で何かがつっかえて鬱々とする。
この店の人達が好き。その言葉がやけに頭の中で反響していた。
友里恵からお盆を受け取り、彼女の後ろを付いて客の元へと向かう。
老夫婦が向かい合って座っている席の傍に立ち止まると、お盆から湯呑みを机に移す。一連の動作を友里恵に教わりつつ、見様見真似で蕗も行った。
「どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます。あら、可愛らしい子ですね」
お淑やかに口元に手を当てながら、初老の女性が蕗を見ながら呟く。柳凪で鏡子と暮らすようになってから数日経ったが、こうして店員として店内にいるのは今日が初めてである。
店の常連らしい女性からしてみれば蕗は珍しい存在だろう。
「今日から共には働くことになったんです」
「まあ、小さいのに偉いわね。誰かのご家族かしら?」
「ええ、店主の妹に当たります」
身寄りのない蕗を引き取ってくれた鏡子と血が繋がっているわけではない。独りだったところを救い出してくれた恩人の、姉的な存在である人だ。
心を許して頼りにしてはいるが、変わらず何をするにしても遠慮してしまう癖が抜けない。その癖がうまく距離を縮められない決定的な原因である。
「妹さんなのね。綺麗なお姉さんに可愛らしい妹さん、この店は活気に溢れているわね」
「そう言っていただけで有り難い限りです」
老婆の何かに思いを馳せるようなうっとりとした言葉に、友里恵は貼り付けた笑みを浮かべて答えた。
嘘を吐いている。この老婆も気づいていることだろう、蕗と鏡子が姉妹ではないということに。
わざわざ詮索してこないのは、この時代、親を亡くして独りになる子供が多いからなのかもしれない。
この老夫婦にも子供がいたりするのだろうか。もしいるのならば、無条件に子供のことを愛しているのだろうか。仁武の親のように無理矢理従わせようなんてしないのだろうか。
仁武がいなくなってから数日しか経っていないというのに、やけに昔のことのように感じられる。
今頃、仁武は父親が言っていたように勉強に明け暮れているのだろうか。大好きだった写真を撮るという行為を制限されて、夢を諦めて親に従って生きているのだろうか。
彼がいる街はどのような姿をしているのだろう。父親の装いから、彼がいるのは都会と呼ばれる場所なのだろうか。
自分の知らない世界を教えてくれていた人は、自分の知らない遠い街に行ってしまった。
寂しいはずなのに、悲しいはずなのに。何故かこの現実を受け入れている自分がいる。
仁武にとって両親の元に帰ることが、会社を継いで安定した収入を得ることが彼にとっての幸せなのだと。
自分が決めることでもないのにそうやって受け入れて、諦めていることを彼が知ったら何と言うだろう。
初めて出会った時のように睨みつけて厳しい言葉を掛けられるのだろうか。そうなってしまうと、自分は受け入れつつも後悔に苛まれる気がする。
「お嬢さん」
「えっ、あ、はい」
ぼんやりと考え事をしていると、蕗の顔を覗き込むようにして老婆が呼びつけた。向かいに座っている老人はここに来てからというもの一言も話していない。何処か上の空で、焦点の合わない目をしているようだ。
「私が言うことでもないだろうけれど、何度も通っているから分かるの。ここにいる人達はきっと貴方を助けてくれるわ。だから、遠慮なんてせずに頼りなさいね。私は客と対等に接してくれるこのお店の人達が好きだから通っているの」
老婆の自慢でもするかのような言い方に、隣に立っていた友里恵は一変して嬉しげな笑みを浮かべていた。
何処の誰とも分からない老婆の言葉であるはずなのに、胸の奥で何かがつっかえて鬱々とする。
この店の人達が好き。その言葉がやけに頭の中で反響していた。



