それから気が付くと、祖母の葬儀の日がやってきていた。青白い顔で目を閉じている祖母を見ていると、昨日までの暖かく幸せだった時間が嘘だったのだと思わせられる。
持病など無く健康的で元気だった祖母は、突然何の前触れもなく急死した。
たった一日で祖母と仁武と過ごした時間が、二度と取り戻せないものへと滑落する。まるで崖の上から突き飛ばされ、地面に叩きつけられたかのような衝撃が全身を襲った。
写真館の中で知り合いだけを呼び執り行われた小さな葬式。
葬式の最中、仁武と蕗は愚か、出席した親近者の誰もが涙を見せないという異様な空気が流れていた。皆、祖母が死んでしまった理由に巷を騒がせている噂が関係していると考えているのだろう。
何の根拠もない、けれど偶然が重なって事実かのように思われている噂。
ここにいる誰もが、馬鹿馬鹿しいと切って捨てる様子を見せない。やはりこの町は、世界は狂っている。たった一つの噂で、こんなにも人々を狂わせてしまうのだから。
葬儀が終わり、人が少なくなった部屋の中に置かれた棺桶を覗き込む。祖母はもう目を覚ましてはくれない。
厳しい人だったけれど、言葉の端々からは優しさを感じられた。優しいからこそ厳しく接する。祖母はそういう人なのだと知っていた。
ぼんやりと祖母を見ていると、背後から鏡子が近づいてきてそっと肩を抱いた。鏡子と反対側に仁武が立ち、行き場を失った手を握る。二人が自分に触れた瞬間、ぷつんと音を立てて何かが千切れた気がした。
「ごめんなさい」
そんな言葉が口をついて出た。始めは二人にも聞こえないほどの小さな声。
けれど一度口にしてしまうと、もう止めることはできない。
「ごめんなさい、ごめん、なさい……」
どうして出会ってしまったんだろう。どうして幸せという四文字を知ってしまったのだろう。
二人に出会わなければこんな思いをしなくて済んだはずなのに。自分さえいなければ、この町に来なければ。
誰も死ななかったかもしれないのに。
幸せなど、何かを境に途切れてしまうものだと知っていた。永遠には続かず、いつか必ず終わってしまうものだと分かっていた。
それなのに、目の前にある幸せがこの先も続くと錯覚して酔いしれていた。
幸せになればなるほど、感じれば感じるほど、手放せなくなっていた。必ず訪れる別れの時に辛くなると分かっていながらも。
「ごめん、なさいっ。私のせいで、私のせいで……。ごめんなさい…………」
何度もそう繰り返して、目から溢れ出る涙を拭うこと無く垂れ流しにする。祖母から目を離すと逃げることになってしまう気がして、歪む視界をひたすらに向け続けた。
けれど誰かの手が、その視界を覆う。そしてすぐ耳元で、震えた頼りない鏡子の声が聞こえた。
「お願いだから謝らないで。貴方が謝ったら、認めたことになってしまうわ」
誰が言い出したのかも分からない根拠のない噂。ただの言葉の綾が生み出した混沌に、人々は巻き込まれていると気づかぬまま苦しみ続ける。
そんな人々がこの町には溢れ返っていた。
「貴方は何も悪くない」
今更どんな言葉を掛けられようと、蕗の中で砕けた思い出という欠片が元に戻ることはないのだ。
持病など無く健康的で元気だった祖母は、突然何の前触れもなく急死した。
たった一日で祖母と仁武と過ごした時間が、二度と取り戻せないものへと滑落する。まるで崖の上から突き飛ばされ、地面に叩きつけられたかのような衝撃が全身を襲った。
写真館の中で知り合いだけを呼び執り行われた小さな葬式。
葬式の最中、仁武と蕗は愚か、出席した親近者の誰もが涙を見せないという異様な空気が流れていた。皆、祖母が死んでしまった理由に巷を騒がせている噂が関係していると考えているのだろう。
何の根拠もない、けれど偶然が重なって事実かのように思われている噂。
ここにいる誰もが、馬鹿馬鹿しいと切って捨てる様子を見せない。やはりこの町は、世界は狂っている。たった一つの噂で、こんなにも人々を狂わせてしまうのだから。
葬儀が終わり、人が少なくなった部屋の中に置かれた棺桶を覗き込む。祖母はもう目を覚ましてはくれない。
厳しい人だったけれど、言葉の端々からは優しさを感じられた。優しいからこそ厳しく接する。祖母はそういう人なのだと知っていた。
ぼんやりと祖母を見ていると、背後から鏡子が近づいてきてそっと肩を抱いた。鏡子と反対側に仁武が立ち、行き場を失った手を握る。二人が自分に触れた瞬間、ぷつんと音を立てて何かが千切れた気がした。
「ごめんなさい」
そんな言葉が口をついて出た。始めは二人にも聞こえないほどの小さな声。
けれど一度口にしてしまうと、もう止めることはできない。
「ごめんなさい、ごめん、なさい……」
どうして出会ってしまったんだろう。どうして幸せという四文字を知ってしまったのだろう。
二人に出会わなければこんな思いをしなくて済んだはずなのに。自分さえいなければ、この町に来なければ。
誰も死ななかったかもしれないのに。
幸せなど、何かを境に途切れてしまうものだと知っていた。永遠には続かず、いつか必ず終わってしまうものだと分かっていた。
それなのに、目の前にある幸せがこの先も続くと錯覚して酔いしれていた。
幸せになればなるほど、感じれば感じるほど、手放せなくなっていた。必ず訪れる別れの時に辛くなると分かっていながらも。
「ごめん、なさいっ。私のせいで、私のせいで……。ごめんなさい…………」
何度もそう繰り返して、目から溢れ出る涙を拭うこと無く垂れ流しにする。祖母から目を離すと逃げることになってしまう気がして、歪む視界をひたすらに向け続けた。
けれど誰かの手が、その視界を覆う。そしてすぐ耳元で、震えた頼りない鏡子の声が聞こえた。
「お願いだから謝らないで。貴方が謝ったら、認めたことになってしまうわ」
誰が言い出したのかも分からない根拠のない噂。ただの言葉の綾が生み出した混沌に、人々は巻き込まれていると気づかぬまま苦しみ続ける。
そんな人々がこの町には溢れ返っていた。
「貴方は何も悪くない」
今更どんな言葉を掛けられようと、蕗の中で砕けた思い出という欠片が元に戻ることはないのだ。



