嘘つきと疫病神

 幸せだとしても、この先もずっと感じていたいと願ったとしても、全ての物事はいつか終りを迎える。
 悲劇というものはある日突然起こった。誰にも予想できず、ふとした瞬間に訪れる。
 違和感は朝になって目覚めた時から感じていた。
 いつもなら部屋に祖母が起こしに来てくれる時間。始めは早く目が覚めたのかと思って部屋を出たが、写真館に行っても祖母の姿が見当たらない。蕗の部屋に行って彼女を起こすと、彼女もまた祖母の行方を知らないのだという。
 普段から時間には厳しい祖母にしては珍しいこともあったものだ。
 感じる違和感はただの気のせいだと蓋をして、蕗と祖母の部屋を訪れる。祖母と暮らすようになってから、初めて祖母の部屋に来た気がする。仁武にとって祖母に起こしてもらうことが当たり前になっていて、祖母の部屋に訪れるようなことがなかったからだ。

「ばあちゃん? まだ寝てるのか?」

 扉の向こうにいるのであろう祖母に向って仁武が声を掛ける。
 何度も扉を叩いて、「ばあちゃん」と声を掛けても返事はない。怪訝な表情をする仁武を見て蕗の中にある考えが浮かんだ。
 今にも泣き出しそうな目を向ける蕗を見た仁武が、意を決して扉に手を掛ける。
 わざと部屋の中が彼女に見えないよう目の前に躍り出て、扉をゆっくりと開けた。建て付けが悪くなっていた扉は、何とも不快な音を立てながら開く。
 すると部屋の中から籠もりに籠もっていた熱気が全身を襲った。全身が粟立ち、嫌な予感がぐるぐると血液に従って巡り巡っているようである。

「珍しいな。俺、起こしてくるよ」
「えっ……あ、ちょっと!」

 この先に何が待ち構えているのか、彼だって分かっていないわけではないはずだ。
 それでも無理に明るく取り繕った声でそう言うのは、蕗を不安にさせまいとしているのだろう。しかし、本当は自分に言い聞かせるためだったのかもしれない。
 蕗が止めようと仁武は微笑んで部屋の中に入っていく。やはり、彼も気がついている。気がついていながら、現実から目を逸らして期待しているのだ。

「ばあちゃん、起きて。朝になったよ」

 祖母が横たわる布団の傍に屈んだ仁武の後ろ姿を見守る。何度か身体を揺さぶり、声を掛けているが一向に祖母は起きる気配を見せなかった。
 見かねて蕗も部屋に入ろうと足を踏み出した時、不意に仁武が振り返る。その表情があまりにも鉄のように冷たくて、蕗は思わずその場に立ち止まった。
 息が上がる。心の臓が激しく脈打ち出す。胃がぐるぐると回って身体中を不快感が蝕む。
 嫌だ。知りたくない。気づきたくない。言わないで、何も言わないでよ。

「蕗」
「な、何……?」

 仁武の全てを悟ったような諦めた瞳は、無理矢理細められていた。自分では笑っているつもりなのだろう。
 けれど、蕗の目には到底笑っているようには見えなかった。それでも仁武は口角を上げて、笑おうと必死に取り繕う。

「誰か呼んできて」

 だらりと垂れ下がった手を握ってくれる人は、誰もいなかった。