目を覚ますとすでに太陽が顔の真上にまで昇っていた。丘の上で仰向けに寝転がって、しばらくの間気を失っていたらしい。
鳥の鳴き声が朝よりも活発になっていて、丘の上にまで町の人々の騒がしい声が聞こえていた。
「痛ぇ……」
起き上がるために身体を動かすと、鋭い痛みが全身を蝕んだ。痛みで強く奥歯を噛み締めながら、上半身だけでもと無理に動かす。
何とか身体を起こすことはできたが、これだけ傷だらけでボロボロでは立ち上がることすらできそうにない。
自分は一体何時間こうして気を失っていたのだろう。太陽の位置からして、朝ご飯どころか昼ご飯を食べる時間すら過ぎてしまっている。
蕗と祖母が心配しているだろうな。帰ったら叱られてしまうのだろうな。自分の身の上よりも、二人に何を言われるのかだけが気がかりでならない。
膝を抱えて座っているだけで精一杯で、今から動き出す気力も体力も残ってはいなかった。
「嘘、だよな……?」
数時間前に虐めっ子から聞いた話が頭の中を駆け巡る。
────蕗は町で噂になっている疫病神だ。
仁武自身もその噂は聞いたことがある。客足が多く繁盛している甘味処の店員である鏡子が、何度か疫病神に関する噂を耳にしたと話していた。
その当時は彼女の存在など知っているはずもないし、噂も半信半疑であった。だが、ただの噂とは言え、疫病神と言われると少なからず悪い想像をしてしまうものだ。
何故人々は根も葉もない噂に怯えるのか、疫病神と言われる人物はどのような姿をしているのか。疫病神と言われるならば、やはりおどろおどろしい見た目をしているのだろうか。
幼いながらの何気ない想像が浮かんでは消える。仁武にとって噂とは、勝手な想像力を掻き立てられるものでしか無かった。
所詮、疫病神の噂は過去のことである。誰かが口にしなければ思い出すことのない話に過ぎない。
虐めっ子から話を振られるまで、思い出すことも無く忘れていたというのに。
「蕗のせいで、誰かが死ぬ……? 俺がこうしている間にも、誰かが死んでいくのか?」
虐めっ子の話では、持病などなく健康であった人が揃って突然死を遂げているのだと言う。その人々のほとんどが蕗と接触しており、町人は彼女の仕業だと確証のない噂を流していると。
青空が厚い雲に覆われて曇天へと姿を変えていく。
流れる灰色の雲を眺めながら、行き場のない苛立ちが腹の底で煮え滾った。
何故、言い返さなかったのか。何故、虐めっ子の言葉を否定しなかったのか。
自分には情けなくもそんな勇気がなかった。虐めっ子の言葉に反抗するよりも、その後に待ち受けている災厄が恐ろしくて口を開けなかった。
「情けねぇ……」
そう言えればどれだけ良かっただろう。蕗を大男から助けた時みたいに、身体が勝手に動いて虐めっ子に拳を返すことが出来ればどれだけ良かっただろう。
何度考えても、何度後悔しても自分の弱さに気づくだけでその先の解決策など欠片も思いつかない。
解決策が思いつかないのも、蕗は疫病神ではないと言い返せなかったのも、心の何処かでそう思っていたからなのかもしれない。
家で蕗と祖母が待っていることなど忘れて、仁武の頭を疫病神という言葉が埋めつくしていった。
鳥の鳴き声が朝よりも活発になっていて、丘の上にまで町の人々の騒がしい声が聞こえていた。
「痛ぇ……」
起き上がるために身体を動かすと、鋭い痛みが全身を蝕んだ。痛みで強く奥歯を噛み締めながら、上半身だけでもと無理に動かす。
何とか身体を起こすことはできたが、これだけ傷だらけでボロボロでは立ち上がることすらできそうにない。
自分は一体何時間こうして気を失っていたのだろう。太陽の位置からして、朝ご飯どころか昼ご飯を食べる時間すら過ぎてしまっている。
蕗と祖母が心配しているだろうな。帰ったら叱られてしまうのだろうな。自分の身の上よりも、二人に何を言われるのかだけが気がかりでならない。
膝を抱えて座っているだけで精一杯で、今から動き出す気力も体力も残ってはいなかった。
「嘘、だよな……?」
数時間前に虐めっ子から聞いた話が頭の中を駆け巡る。
────蕗は町で噂になっている疫病神だ。
仁武自身もその噂は聞いたことがある。客足が多く繁盛している甘味処の店員である鏡子が、何度か疫病神に関する噂を耳にしたと話していた。
その当時は彼女の存在など知っているはずもないし、噂も半信半疑であった。だが、ただの噂とは言え、疫病神と言われると少なからず悪い想像をしてしまうものだ。
何故人々は根も葉もない噂に怯えるのか、疫病神と言われる人物はどのような姿をしているのか。疫病神と言われるならば、やはりおどろおどろしい見た目をしているのだろうか。
幼いながらの何気ない想像が浮かんでは消える。仁武にとって噂とは、勝手な想像力を掻き立てられるものでしか無かった。
所詮、疫病神の噂は過去のことである。誰かが口にしなければ思い出すことのない話に過ぎない。
虐めっ子から話を振られるまで、思い出すことも無く忘れていたというのに。
「蕗のせいで、誰かが死ぬ……? 俺がこうしている間にも、誰かが死んでいくのか?」
虐めっ子の話では、持病などなく健康であった人が揃って突然死を遂げているのだと言う。その人々のほとんどが蕗と接触しており、町人は彼女の仕業だと確証のない噂を流していると。
青空が厚い雲に覆われて曇天へと姿を変えていく。
流れる灰色の雲を眺めながら、行き場のない苛立ちが腹の底で煮え滾った。
何故、言い返さなかったのか。何故、虐めっ子の言葉を否定しなかったのか。
自分には情けなくもそんな勇気がなかった。虐めっ子の言葉に反抗するよりも、その後に待ち受けている災厄が恐ろしくて口を開けなかった。
「情けねぇ……」
そう言えればどれだけ良かっただろう。蕗を大男から助けた時みたいに、身体が勝手に動いて虐めっ子に拳を返すことが出来ればどれだけ良かっただろう。
何度考えても、何度後悔しても自分の弱さに気づくだけでその先の解決策など欠片も思いつかない。
解決策が思いつかないのも、蕗は疫病神ではないと言い返せなかったのも、心の何処かでそう思っていたからなのかもしれない。
家で蕗と祖母が待っていることなど忘れて、仁武の頭を疫病神という言葉が埋めつくしていった。



