嘘つきと疫病神

 口の中に血が溜まり、視界がぼやけ出す。頬に草のちくちくとした感触を感じて、地面に横たわっているのだと気づくのに時間が必要だった。
 身体中の至る所が痛い。腕を上げることも瞬きをすることすらも憚られる。
 無抵抗に何もできずにいると、突然頭部に鋭い痛みが走った。その痛みでぼやけていた視界が鮮明になり、脳が再び動き出す。
 髪を掴まれ無理矢理身体を起こされる。眼前には先程痛めつけてきた虐めっ子の顔があった。

「おい、ジン。お前さ、家で女の子を匿っているだろ」

 虐めっ子の言う女の子など、仁武が知っている者の中には一人しかいない。

「蕗、が……何だよ」
「ふうん、そいつ蕗っていうのか」

 蕗のことをそいつという言い方をされて苛立ちを感じるが、痛む身体は言うことを聞かない。虐めっ子を殴りつける力すら持ち合わせていない自分のことがただただ腹立たしい。

「じゃあ聞くけどよ。その蕗って奴がどんな奴なのかお前は知ってんのか?」
「は…………蕗が、何だって……?」

 聞いたら後悔する、聞かないほうが身のためだと分かっているはずなのに、気がつけばそう問い返していた。
 完全に調子に乗っている虐めっ子は不敵な笑みをもう一度浮かべると、まるで童話を語り聞かせるかのように語り出した。

「そいつはな、身近にいるだけで人を殺す疫病神なんだよ。この町にあいつが来てから何人もの町人が死んだ。しかもあいつが身近にいた奴らばかりだ。少し前にお前が喧嘩ふっかけたじじいがいただろ? あいつな、あの後に別に持病があったわけでも打ち所が悪かったわけでもないのに死んだんだよ」

 虐めっ子が言う、疫病神と呼ばれているらしい蕗と出会うきっかけになった事件。彼女を下心から連れ去ろうとしている場面を見ていられなくて、思わず飛び出した時のことは今も覚えている。
 確かにあの時、自分は大男の腹部を蹴飛ばした。想像していたよりもずっと勢いよく吹っ飛んでいく身体を見てやりすぎたかとも思ったが、所詮は子供の蹴りである。その後も男は目を回しているだけで体調に別状はないように見えた。
 逃げるようにその場を離れたため詳しいことは知らない。しかし自分はあの大男を殺していない。それだけは断言できた。
 しかし虐めっ子が言うには、仁武が殺したというわけではなく、変死であると言いたいらしい。

「そんなの……偶然かもしれない、だろ」
「まあ、確かに偶然かもな。けど、他にも同じように突然死した輩が大勢いるんだぜ。お前はそれでもあいつを庇うのか?」

 庇っているつもりなんてない。ただ一緒に暮らすようになって、笑うことが増えたことに喜びを感じていただけで。

「お前、そのままあいつを家に置いていると誰か死ぬぜ」
 
 ぱりんと音を立てて、何かが自分の中で割れた気がした。
 ここに来る前に倒れた少年が持っていた牛乳瓶とは別の、心の中で信じていた何かが崩れた。