気がつけば提げていた鞄が軽くなっていて、逃げるように仕事を終わらせていた。
あの子供はどうなったのだろう。あの少女の助けを乞う叫びは誰かに届いたのだろうか。
何故、自分はあの時に見て見ぬふりをしたのだろう。自分の薄情さに鞄を担ぐ手に力が籠もる。
まだ完全に日が昇りきっていないとはいえ、真夏の青空の下では熱中症にもなってしまう。祖母に持たされた水筒を鞄から取り出し蓋を開けるが、配達中に走ったせいで何度も飲んでしまいもう一滴も残っていない。
仕方なく蓋を閉じて鞄の中に仕舞う。そうして顔を上げると、町外れのそれなりに大きい丘が目に入った。蕗が綺麗だと言った写真を撮ったあの丘である。
「……少し休もう」
気持ちの整理をするため丘を登る。町外れにあるからか人気が少ないこの丘は、何かを考えるのにうってつけであった。
まるで自分だけが知っている秘密の場所のような気がして少しだけ気分が上がる。
上がる息を整えながら丘を登りきると、あの写真と同じ町並みが見下ろせた。この光景を目にすると心の中の蟠りが消えていく気がする。深く息を吸うと、草の匂いに混ざって何かの花の香りが鼻腔を擽った。
辺りを見渡すと、その匂いは花ではなく何かの木によるものだった。しかしその木が何という木なのかは分からない。
別に気にすることでもないと目を逸らし、気持ちが落ち着いた今のうちに帰ろうと踵を返す。
と、背後で何度も聞いたことがある声が聞こえた。
「あれ、ジンか? こんな所で何しているんだよ」
その声を聞いた瞬間に、全身の血の気が引き目眩がした。目の前の景色が歪み、上手く息が吸えない。
「な、何か用……?」
できるだけ相手を刺激しないよう、声音を落として問う。
ゆっくりと振り返れば、仁武よりも一回りは高い身長に、年齢の割に広い肩幅でがっしりとした体躯の少年が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
逃げないと。
逃げないと。
そう本能が叫んでいるのに身体を上手く動かせない。はっはっと途切れ途切れに口から漏れ出す息を吐きながら、目の前にいる少年に視線を向けた。
ずかずかと少年は近寄ってくる。逃げ出す体力は残っているはずなのに、身体が言うことを聞かないのだ。
眼前に少年が来るまで、仁武は何もできず無力にもその場に突っ立っていた。
「んなこと聞かなくても分かってんだろ? なあ、少し面貸せよ」
強引に腕を掴まれ、包帯の下にある傷口が痛みを発した。微かに表情を歪めれば、自分の行動に文句があるのだと勘違いをした少年は、仁武の身体を引き摺るようにして何処かに向かい始める。
写真にも収めるくらいにお気に入りだった場所から離れると、連れ込まれたのは森のように木々が生い茂る薄暗い場所だった。
乱暴に投げ捨てられ、地面に倒れ込む。すると目の前に数人の子供達が木の棒などを持って現れた。
命の危険を感じると、人間は息をすることすらも忘れてしまうらしい。
この先に起こるのであろう災厄を想像し、仁武は振り下ろされる木の棒をぼんやりと眺めていた。
あの子供はどうなったのだろう。あの少女の助けを乞う叫びは誰かに届いたのだろうか。
何故、自分はあの時に見て見ぬふりをしたのだろう。自分の薄情さに鞄を担ぐ手に力が籠もる。
まだ完全に日が昇りきっていないとはいえ、真夏の青空の下では熱中症にもなってしまう。祖母に持たされた水筒を鞄から取り出し蓋を開けるが、配達中に走ったせいで何度も飲んでしまいもう一滴も残っていない。
仕方なく蓋を閉じて鞄の中に仕舞う。そうして顔を上げると、町外れのそれなりに大きい丘が目に入った。蕗が綺麗だと言った写真を撮ったあの丘である。
「……少し休もう」
気持ちの整理をするため丘を登る。町外れにあるからか人気が少ないこの丘は、何かを考えるのにうってつけであった。
まるで自分だけが知っている秘密の場所のような気がして少しだけ気分が上がる。
上がる息を整えながら丘を登りきると、あの写真と同じ町並みが見下ろせた。この光景を目にすると心の中の蟠りが消えていく気がする。深く息を吸うと、草の匂いに混ざって何かの花の香りが鼻腔を擽った。
辺りを見渡すと、その匂いは花ではなく何かの木によるものだった。しかしその木が何という木なのかは分からない。
別に気にすることでもないと目を逸らし、気持ちが落ち着いた今のうちに帰ろうと踵を返す。
と、背後で何度も聞いたことがある声が聞こえた。
「あれ、ジンか? こんな所で何しているんだよ」
その声を聞いた瞬間に、全身の血の気が引き目眩がした。目の前の景色が歪み、上手く息が吸えない。
「な、何か用……?」
できるだけ相手を刺激しないよう、声音を落として問う。
ゆっくりと振り返れば、仁武よりも一回りは高い身長に、年齢の割に広い肩幅でがっしりとした体躯の少年が不敵な笑みを浮かべて立っていた。
逃げないと。
逃げないと。
そう本能が叫んでいるのに身体を上手く動かせない。はっはっと途切れ途切れに口から漏れ出す息を吐きながら、目の前にいる少年に視線を向けた。
ずかずかと少年は近寄ってくる。逃げ出す体力は残っているはずなのに、身体が言うことを聞かないのだ。
眼前に少年が来るまで、仁武は何もできず無力にもその場に突っ立っていた。
「んなこと聞かなくても分かってんだろ? なあ、少し面貸せよ」
強引に腕を掴まれ、包帯の下にある傷口が痛みを発した。微かに表情を歪めれば、自分の行動に文句があるのだと勘違いをした少年は、仁武の身体を引き摺るようにして何処かに向かい始める。
写真にも収めるくらいにお気に入りだった場所から離れると、連れ込まれたのは森のように木々が生い茂る薄暗い場所だった。
乱暴に投げ捨てられ、地面に倒れ込む。すると目の前に数人の子供達が木の棒などを持って現れた。
命の危険を感じると、人間は息をすることすらも忘れてしまうらしい。
この先に起こるのであろう災厄を想像し、仁武は振り下ろされる木の棒をぼんやりと眺めていた。



