嘘つきと疫病神

 やはりどれだけ成長しても、蕗は泣き虫のままらしい。だが、そんなことを考える仁武もまた彼女と同じくらい泣き虫だった。
 洸希などの虐めっ子達から痛めつけられれば泣いていた。祖母が死んだ時、蕗と鏡子に隠れて泣いたりもした。表に出さないだけで彼も泣き虫なのだ。そんな彼が最後の別れの瞬間に彼女に涙を見せた。
 皮肉だが、最後の彼女の涙は美しいと感じた。失いたくない、ずっと傍にいたい。けれどそんなことはもう二度と叶わないのだ。
 近づく軍事基地。この中に入ればもう二度と蕗とは会えなくなるだろう。今すぐにでも引き返して逃げ出そうかとも考えたが、きっと彼女が止める。
 最後の最後で送り出してくれたと言うのにこれでは示しがつかないだろう。これでいいのだ。互いのためにもこの終わり方でいい。

「話は終わったか?」

 わざわざ基地の前で待っていてくれていたのか、芝が穏やかな微笑みを浮かべてそう尋ねた。問うてきた芝を心配させないよう、仁武も負けじと劣らず笑ってみせた。
 何があったのか、何を話してきたのか、芝はきっと気がついている。だからか何を話したのかという点には触れることはなかった。その気遣いが有り難く、そして申し訳なかった。

「はい、もう大丈夫です」
「その言い方だと大丈夫そうには聞こえないが」

 芝の指摘に仁武は何も言えなくなる。俯いたまま黙り込んだ。
 その様子を見守っていた芝は不意に夜空を見上げる。夜中に差し掛かってきた空は漆黒に染まり、月明かりが辺りを鈍く照らしていた。
 ほっと息をついたのは芝だろうか。彼は懐かしむ目で夜空を見上げていた。

「俺にはなあ、妹がいたんだ」

 突然、芝はそう呟いた。夜空を見上げ、誰に問われたでもなくぽつりぽつりと自分の過去を語り出す。
 それは仁武も知らなかった彼の過去の一部分だった。

「ちょうど、鏡子さんと同じ年頃でな。生きていれば、今頃何処かで家庭を築いて幸せに暮らせていたかもしれん」
「妹さんは、もう……?」

 恐る恐る仁武が尋ねると、聞かずとも分かっていたが静かに芝は頷いた。夜空から目を離し、真っ直ぐと仁武の居た堪れないといった目を見つめる。

「妹の住んでいた地域でも空襲があってな。防空壕に逃げているときに崖から滑落したんだと。元々病弱だったもんで、長距離の移動は身体に堪えたんだ。それと同時に俺はこの町の基地に移動になった。後一日遅ければ、俺は妹を抱えて逃げることができたはずなんだ。もしそうできれば妹は死ななかったかもしれない」

 微笑んでいながらもその表情は、やるせなさと果てしない後悔が滲んでいる。
 初めて顔を合わせた時から今まで、芝は自分の妹の面影を鏡子に重ねていたのだ。皆で柳凪に居るときは偶然だと思っていたが、彼はいつも鏡子を見ていた。
 懐かしむような慈しむような目で、妹がそこにいるとでも思っていたのだろう。
 共依存のような二人。互いに亡き家族を重ね合わせていた関係。そのことを知っているのはこの世にはきっと誰もいない。
 本人達ですら本心を顕にできないまま終わってしまうのだ。
 死ねば終わりでその先なんて存在しない、天国と地獄もなくて死んだら全てが終わる、そう仁武は思っている。
 けれど芝は信じているのだろう。いつの日か天国で妹と再会することを。

「生きている内にできることなんて本当に少ないんだな。後悔はしたくなくてもしてしまうんだ。人間はそうできている。彼女の中に自分がいて、ずっと覚えてくれているならそれでいいじゃないか」

 まるで仁武の心の中を読んだかのような言い方だ。いや、実際に読んでの発言なのだろう。
 何かを誤魔化すことも隠すことも苦手な仁武の考えることなどお見通しなのだ。