仁武にこの叫びは届いたのだろうか。届いているならば、伝えた価値が少しはあったのかもしれない。
今更何を言ったって未来が変わらないことは分かっている。ただ少しでも、彼の中の考えが変わったのならそれでよかった。
「ごめん、ごめんな。君を守るために軍に入ったのに、結局また君を悲しませた。うん、そうだな。俺も、蕗といたいよ。ずっと、これから先も一緒に。でも、もうそれは叶わない。一度定められた運命を変えることなんて誰にもできないんだ。残酷な世の中が少しでも変わるように、俺は戦う」
泣いていたことが嘘のように、仁武の表情は覚悟が決まったのか生き生きとしている。迷いなど無く、真っ直ぐと光を宿した瞳は目の前にいる蕗だけを映していた。
やっぱり仁武には笑っていてほしい。仁武が蕗に笑っていてほしいと願ったように、蕗もまたそう願っていた。
「もっと、写真を撮ればよかったな。本当はさ、もっといろいろな場所に連れて行きたかったんだ。何も知らないままの君じゃなくて、この町の外のことや世界のことをもっと教えたかった」
「私も、もっと仁武にいろいろなことを教えてもらいたかった。きっと、仁武に出会わなかったら生きることがこんなにも尊いことなんだって知らなかっただろうから。それに、仁武が写真を大好きでいる理由も、今でなら分かるから」
思い出を、歴史を、愛を形にして残せるというのが写真の良き部分なのだろう。簡単に現実を形に残すことができなかった時代から、写真というもので形にして残すことができる。
願わくば、もっと仁武といろいろな場所へ行って写真を撮りたかった。写真を撮っている仁武を見ていたかった。
好きだったの。貴方が撮る写真の一枚一枚が。
好きだったの。純粋に写真を愛して、将来を夢見ている貴方が。
好きだったの。写真を撮っている貴方が。ずっと見ていたかったの。
貴方がいてくれたお陰で、私は知らない世界をたくさん知った。灰色の世界に貴方が色を付けてくれた。
「ありがとう、蕗。俺と出会ってくれて」
「……うん。もう、大丈夫。私は一人じゃないんだね」
たとえ傍にいなくとも、互いの心は互いの傍にある。離れ離れだろうと、二度と会うことはできないとしても。一度でもこの世界で出会うことができた奇跡をいつまでも残していく。忘れてしまうのなら、文字にして残そう。写真にして残そう。
この世界にはいくらでも形にして残す方法があるのだから。
もう覚悟は決まった。後は、送り出すだけだ。
「行って。私は死んでも仁武のことを忘れない。だから、皆の所に行ってあげて」
「ああ、それじゃあさようならだな」
「うん、さようなら」
なんてあっけない最後なのだろう。本の中の世界ならば、もう少し感動的で離れ難い雰囲気が生まれようなものだが。
けれどこれで良かったのだ。二人にとっての別れ方は、これくらいあっさりとしている方が良い。未練がましく縋り付くより、自分から離れるほうが、諦めが付くから。
最後くらい晴れやかに別れたかった。去りゆく背中を眺めていると、頬がこそばゆくなる。
手で触れると案の定泣いていた。仁武の前では泣いていないはずだ。もう彼に会うことはできない。ならもう、泣いたっていいだろう。
「行かないでよ……。行っちゃ嫌だよ………」
これで二人の物語は終わる。
出会ったことにより動き出した道筋、一歩踏み間違えただけで変わった未来は、こうして二人の物語を終焉へと向かわせた。
世界から見れば誰の目にも止まらなかったであろう小さな町の片隅の、まだまだ幼い彼らの物語でしか無い。
けれど彼らは確かに生きていた。戦時下という生き辛い世の中で、純愛に藻掻き苦しみ散っていった命が確かにある。
終わってしまったものを再び動かすことはできないのだ。
今更何を言ったって未来が変わらないことは分かっている。ただ少しでも、彼の中の考えが変わったのならそれでよかった。
「ごめん、ごめんな。君を守るために軍に入ったのに、結局また君を悲しませた。うん、そうだな。俺も、蕗といたいよ。ずっと、これから先も一緒に。でも、もうそれは叶わない。一度定められた運命を変えることなんて誰にもできないんだ。残酷な世の中が少しでも変わるように、俺は戦う」
泣いていたことが嘘のように、仁武の表情は覚悟が決まったのか生き生きとしている。迷いなど無く、真っ直ぐと光を宿した瞳は目の前にいる蕗だけを映していた。
やっぱり仁武には笑っていてほしい。仁武が蕗に笑っていてほしいと願ったように、蕗もまたそう願っていた。
「もっと、写真を撮ればよかったな。本当はさ、もっといろいろな場所に連れて行きたかったんだ。何も知らないままの君じゃなくて、この町の外のことや世界のことをもっと教えたかった」
「私も、もっと仁武にいろいろなことを教えてもらいたかった。きっと、仁武に出会わなかったら生きることがこんなにも尊いことなんだって知らなかっただろうから。それに、仁武が写真を大好きでいる理由も、今でなら分かるから」
思い出を、歴史を、愛を形にして残せるというのが写真の良き部分なのだろう。簡単に現実を形に残すことができなかった時代から、写真というもので形にして残すことができる。
願わくば、もっと仁武といろいろな場所へ行って写真を撮りたかった。写真を撮っている仁武を見ていたかった。
好きだったの。貴方が撮る写真の一枚一枚が。
好きだったの。純粋に写真を愛して、将来を夢見ている貴方が。
好きだったの。写真を撮っている貴方が。ずっと見ていたかったの。
貴方がいてくれたお陰で、私は知らない世界をたくさん知った。灰色の世界に貴方が色を付けてくれた。
「ありがとう、蕗。俺と出会ってくれて」
「……うん。もう、大丈夫。私は一人じゃないんだね」
たとえ傍にいなくとも、互いの心は互いの傍にある。離れ離れだろうと、二度と会うことはできないとしても。一度でもこの世界で出会うことができた奇跡をいつまでも残していく。忘れてしまうのなら、文字にして残そう。写真にして残そう。
この世界にはいくらでも形にして残す方法があるのだから。
もう覚悟は決まった。後は、送り出すだけだ。
「行って。私は死んでも仁武のことを忘れない。だから、皆の所に行ってあげて」
「ああ、それじゃあさようならだな」
「うん、さようなら」
なんてあっけない最後なのだろう。本の中の世界ならば、もう少し感動的で離れ難い雰囲気が生まれようなものだが。
けれどこれで良かったのだ。二人にとっての別れ方は、これくらいあっさりとしている方が良い。未練がましく縋り付くより、自分から離れるほうが、諦めが付くから。
最後くらい晴れやかに別れたかった。去りゆく背中を眺めていると、頬がこそばゆくなる。
手で触れると案の定泣いていた。仁武の前では泣いていないはずだ。もう彼に会うことはできない。ならもう、泣いたっていいだろう。
「行かないでよ……。行っちゃ嫌だよ………」
これで二人の物語は終わる。
出会ったことにより動き出した道筋、一歩踏み間違えただけで変わった未来は、こうして二人の物語を終焉へと向かわせた。
世界から見れば誰の目にも止まらなかったであろう小さな町の片隅の、まだまだ幼い彼らの物語でしか無い。
けれど彼らは確かに生きていた。戦時下という生き辛い世の中で、純愛に藻掻き苦しみ散っていった命が確かにある。
終わってしまったものを再び動かすことはできないのだ。



