町の外れにあったからか、丘は手榴弾などの米軍による影響をほとんど受けていなかった。
灘らかな坂を登り、少しづつ近づく頂上には、一体どれだけの思い入れがあることだろう。
とうに慣れた足並みで登り続ける蕗と仁武以外の皆は、この場所に丘があることさえ知らない。皆をこの場所に連れて来ることができた喜びに足並みが軽くなった。
互いに手を差し出し取り合ってなんとか頂上に辿り着く。頂上から見下ろした町の惨状に皆は言葉を失った。
「思っていた以上に、酷いな」
丘の頂上から見える景色は、絵に書いたような地獄であった。雨の如く落とされた手榴弾によって焼け野原になった町に、灰が混ざった空から微かに陽の光が差し込んでいた。
見ていられない。それが町を見て第一に思い浮かんだ感想だった。
この場所から見える景色が美しいと思えたのはいつのことだったか。たった一晩の内に変わり果てた町は現実を知らしめてくる。
現実は残酷だ。
「何も無くなっちゃったんだ」
蕗の小さな声を聞いた仁武は、ふっと景色から目を逸らした。変わってしまった現実が見ていられなかったのだ。
何度も訪れたこの場所が美しいと、大切だと思っていたのに。こんな現実受け入れられるはずがなかった。
「本当はね、ここからは町全体を一望できたの。小さいけど明るくて賑やかな町。皆が幸せそうに暮らしている、そんな町が。そのはずなのに……」
逸らしていた視線を蕗へと向ける。真っ直ぐと景色を見つめる彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ出し、頬を伝って顎先から滴り落ちた。
止めどなく溢れる涙を拭うために手を伸ばす。けれど彼女に触れることはできなかった。涙を拭ってやることも、慰めてやることもできない。
自身の手で涙を拭い、掠れて上ずった声を必死に喉から絞り出す蕗は幼い頃に戻ったようであった。
「なんで、こうなっちゃうんだろう……。この町が好きだったはずなのに、好きなだけだったのに。ずっと、このまま生きていけると、思っていたのに。今は、この町が嫌いだよ。こんな世界も、現実もっ……」
崩れ落ちるようにその場に膝を付き、蕗はひたすらに咽び泣いた。和加代が震える小さな肩を抱くが、彼女の身体もまた震えている。涙ぐむ目からは耐えかねて一雫零れ落ちた。
「俺達にできることはないんだな」
蕗と和加代から視線を逸らし、足元にその視線を落とす。緑色に染まっていたはずの足元は、灰色に濁り色を失っていた。
鮮やかに彩られていた周りの景色から色が抜けていく。白黒の世界に自分一人が取り残される感覚、これもまた現実を受け入れたくないという無意識の抵抗なのだろうか。
「一刻も早くこんな戦争を終わらせる、それしかこの地獄を終える方法はない。覚悟を決めるのなら、今しかありませんよ」
「……もう、決まっているよ」
戦場に行く覚悟、お国のために命を捧げる覚悟、故郷から旅立つ覚悟、大切な人と離れ離れになる覚悟などとうの昔に決まっていた。
軍に入り、軍服に身を包み、兵士として戦場へ旅立つことが決まったあの時に、覚悟を決めたのだ。
自分はこのまま戦場へ行き命を散らす。お国のために、この日の本に住む大切な人が安心して暮らせる世を作るために。
一歩前へ踏み出した仁武は、深く息を吸うと丘全体に響くように声を絞り出す。
「こんなことをする世界のために俺は戦場に行きたくはない。でも、戦うことでしかこの先も続く地獄を打ち破ることはできない。同じことがもう二度と起きないように、俺達が終わらせる。そうしないと、この地獄は終わらない」
ふわりと微かに火薬の匂いが混ざる風が頬を掠めた。蕗が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
灘らかな坂を登り、少しづつ近づく頂上には、一体どれだけの思い入れがあることだろう。
とうに慣れた足並みで登り続ける蕗と仁武以外の皆は、この場所に丘があることさえ知らない。皆をこの場所に連れて来ることができた喜びに足並みが軽くなった。
互いに手を差し出し取り合ってなんとか頂上に辿り着く。頂上から見下ろした町の惨状に皆は言葉を失った。
「思っていた以上に、酷いな」
丘の頂上から見える景色は、絵に書いたような地獄であった。雨の如く落とされた手榴弾によって焼け野原になった町に、灰が混ざった空から微かに陽の光が差し込んでいた。
見ていられない。それが町を見て第一に思い浮かんだ感想だった。
この場所から見える景色が美しいと思えたのはいつのことだったか。たった一晩の内に変わり果てた町は現実を知らしめてくる。
現実は残酷だ。
「何も無くなっちゃったんだ」
蕗の小さな声を聞いた仁武は、ふっと景色から目を逸らした。変わってしまった現実が見ていられなかったのだ。
何度も訪れたこの場所が美しいと、大切だと思っていたのに。こんな現実受け入れられるはずがなかった。
「本当はね、ここからは町全体を一望できたの。小さいけど明るくて賑やかな町。皆が幸せそうに暮らしている、そんな町が。そのはずなのに……」
逸らしていた視線を蕗へと向ける。真っ直ぐと景色を見つめる彼女の瞳からは大粒の涙が溢れ出し、頬を伝って顎先から滴り落ちた。
止めどなく溢れる涙を拭うために手を伸ばす。けれど彼女に触れることはできなかった。涙を拭ってやることも、慰めてやることもできない。
自身の手で涙を拭い、掠れて上ずった声を必死に喉から絞り出す蕗は幼い頃に戻ったようであった。
「なんで、こうなっちゃうんだろう……。この町が好きだったはずなのに、好きなだけだったのに。ずっと、このまま生きていけると、思っていたのに。今は、この町が嫌いだよ。こんな世界も、現実もっ……」
崩れ落ちるようにその場に膝を付き、蕗はひたすらに咽び泣いた。和加代が震える小さな肩を抱くが、彼女の身体もまた震えている。涙ぐむ目からは耐えかねて一雫零れ落ちた。
「俺達にできることはないんだな」
蕗と和加代から視線を逸らし、足元にその視線を落とす。緑色に染まっていたはずの足元は、灰色に濁り色を失っていた。
鮮やかに彩られていた周りの景色から色が抜けていく。白黒の世界に自分一人が取り残される感覚、これもまた現実を受け入れたくないという無意識の抵抗なのだろうか。
「一刻も早くこんな戦争を終わらせる、それしかこの地獄を終える方法はない。覚悟を決めるのなら、今しかありませんよ」
「……もう、決まっているよ」
戦場に行く覚悟、お国のために命を捧げる覚悟、故郷から旅立つ覚悟、大切な人と離れ離れになる覚悟などとうの昔に決まっていた。
軍に入り、軍服に身を包み、兵士として戦場へ旅立つことが決まったあの時に、覚悟を決めたのだ。
自分はこのまま戦場へ行き命を散らす。お国のために、この日の本に住む大切な人が安心して暮らせる世を作るために。
一歩前へ踏み出した仁武は、深く息を吸うと丘全体に響くように声を絞り出す。
「こんなことをする世界のために俺は戦場に行きたくはない。でも、戦うことでしかこの先も続く地獄を打ち破ることはできない。同じことがもう二度と起きないように、俺達が終わらせる。そうしないと、この地獄は終わらない」
ふわりと微かに火薬の匂いが混ざる風が頬を掠めた。蕗が涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。



