嘘つきと疫病神

 シャベルを手放し背伸びをすると、不思議と身体から余計な力が抜け軽くなった。瓦礫を避けて敷地内を出ると、背後で積み上がっていた瓦礫が崩れた。もう戻ってくるなと言われているような気がして、振り返ることなくその場を離れる。
 外に出ると人々の声で一気に騒がしくなった。周囲を見渡せば、崩れた瓦礫の撤去作業や行方不明者の捜索が行われていた。
 昨夜の地獄で失われかけていた活力が太陽が顔を出したことで戻ってきたようである。

「そっちもいないか探せー」
「崩れないように気をつけろ。瓦礫はそっちにまとめてくれ」

 先導する人の指示に従って瓦礫を撤去する人々があちらこちらで汗を流していた。希望に満ち溢れた顔でひたすらに瓦礫を退かす作業の裏には、行方が分からない親族などが下にいるかもしれないという淡い期待からだろうか。
 二人で変わり果てた町の中を並んで歩く。たった数日前まで何事もなく歩いていた道は、血の海が広がる無惨な姿へと変わり果てていた。
 変わった日常が望んでいない方向へと変わってしまった。自分達は何処で間違えたのだろう、何度そう考えたのかもう分からない。

「いたわよ!」

 二人の間に流れていた沈黙を打ち破る声が真正面から聞こえた。何度も聞いたその声は紬のものである。
 顔を上げて見てみれば、前から紬の他に和加代達が忙しなくこちらへと向かってきていた。
 目の前まで走ってきた紬は、肩で息をしながらも真っ直ぐと蕗と目を合わせる。睨みつけるような責めるような視線が鋭く蕗を射抜いた。
 けれど彼女の表情は蕗の不安げな視線によって穏やかな微笑みに変わる。
 微かに涙を浮かべ、肩を震わせる彼女は決して叱りつけたいわけではなかった。ただ、蕗が何事もなく無事に目の前にいるだけで良かったのだ。
 隣に立っている和加代も涙を指先で拭いながら蕗と仁武の無事を喜ぶ。

「何をしていたの? そんなに泥だらけになって……。本当、心配したんだから」
「ご、ごめんなさい。どうしても確認したいことがあった……んだけど………」

 言葉が詰まった。何を言っていたのか、何を言いたかったのか、何を聞かれていたのか今の一瞬で分からなくなった。
 今、自分は何をしてきたのだろうか。確認したいこととは一体何だった。
 分からない、分からない、分からない、分からない。

「蕗」
「っ!」
「ぼーっとしてどうしたんだ?」
「う、ううん。なんでもない、大丈夫だよ」

 これは、誰にも知られてはいけないことだ。仁武には絶対に悟られてはいけない。
 物忘れが酷い、ただそれだけでは片付けられない何かが自分に襲い掛かろうとしている。
 恐ろしい。自分が人間ではない何かになってしまいそうで怖くて堪らない。
 このまま全てを忘れてしまったら? 仁武達との思い出を忘れてしまったら? 何も思い出せなくなってしまったら?
 自分はもう死んだも同然になってしまうのではないか。