同じ空間にいるはずなのに自分だけが違う場所にいるように感じる。映画でも見ているようで、目の前の光景が現実味を帯びていないせいか他人事のように思えた。
「でも、もう終わったんだね」
俯いて発された蕗の言葉は泣いているのか震えていた。小さな背中が小刻みに震え、見ているだけでも何処か遠くに消えてしまいそうだ。
哀れな蕗を見ていられなくて視線を動かすと、居間からは草が生い茂った庭が見えた。振り返った蕗と目が合い、彼女は仁武が“それ”を見たことに気が付き、ぎこちなく笑った。
仁武が庭に降り立ち辺りを見渡していると、何処からともなくシャベルを二本持った蕗が居間から出てきた。シャベルを差し出し、受け取るよう促してくる。
受け取るや否や、蕗は庭に降り立ち地面にシャベルの先端を突き立てた。すぐ傍に生えている蕗を傷つけないように慎重に土を掘り返すが、掘り出した土を払う仕草は乱暴である。
おそらく、今掘っている穴の中に母親の死体を埋めるつもりなのだろう。何も言わずシャベルを突き出したのは、逃さないという一種の彼女なりの意思表示だったのかもしれない。
彼女を見習って仁武も地面にシャベルを突き立てる。深く差し込めば、ぬかるんだ土の中にシャベルが飲み込まれていった。
それからは互いに一言も発することなく、黙々と土を掘ることに専念する。しばらく掘り続け、人一人分は入るであろう穴が庭に生まれた。
あとは死体を運ぶだけである。居間へ戻った蕗は、庭の方へ手を伸ばしたまま息絶えた死体の傍に膝を折る。そのまま迷うことなく死体と日焼けした畳との間に手を入れると、いとも簡単に持ち上げてみせた。
彼女が死体を抱えて庭に降り立つ光景を仁武は一歩後に引いて眺めていた。目の前の現実でありながら非現実的な光景が信じられず、ここへ来てからずっと映画でも見ているような気分だった。人間は非現実的なものに恐怖する。仁武はこの光景を見て恐怖していたのだろう。
「おやすみなさい、母さん」
穴の中に白骨死体を入れ、傍に置いていたシャベルを手に取ると盛り上がった土を掬って穴の中に入れ始めた。
少しずつ母親の骨が土に埋もれ、やがて顔全体が土に隠れた。色が変わった土の上にシャベルを突き立てた蕗は、窶れた表情のままシャベルに寄り掛かる。
日はとうに昇り、時刻は昼に差し掛かろうとしていた。それでも周りから何の音も聞こえないのはこの町が小さいからか、それとも誰もいなくなってしまったからか。
空を仰ぐ蕗を見ていると、徐々に仁武の中に不安が募っていく。死体遺棄の協力をしてしまったこと、意図せず蕗の過去を知ってしまったこと、何よりこれから先どうなるのか全くもって想像できなかった。
「いきなりごめんね。こんなことさせちゃって」
「……いいよ」
「逃げることだってできたんじゃない? どうしてここまで来てくれたの?」
何もいいわけがないというのに条件反射というやつでそう答えていた。縁側に腰を下ろし、ぼんやりと鮮やかな青空を見上げる。
蕗は純粋だ。仁武が何を思っていいと言ったのか、彼女は言葉通りの意味でしか捉えていない。だから、ここまで仁武が付いて来た理由など考えもつかないのだ。
「……理由なんて無いよ。ただ、君を一人にするのが怖かっただけ」
空を見上げているから蕗の表情は見えない。今の彼女が何を思って、どのような表情を浮かべているのかなど知り得ることもないのだった。
「でも、もう終わったんだね」
俯いて発された蕗の言葉は泣いているのか震えていた。小さな背中が小刻みに震え、見ているだけでも何処か遠くに消えてしまいそうだ。
哀れな蕗を見ていられなくて視線を動かすと、居間からは草が生い茂った庭が見えた。振り返った蕗と目が合い、彼女は仁武が“それ”を見たことに気が付き、ぎこちなく笑った。
仁武が庭に降り立ち辺りを見渡していると、何処からともなくシャベルを二本持った蕗が居間から出てきた。シャベルを差し出し、受け取るよう促してくる。
受け取るや否や、蕗は庭に降り立ち地面にシャベルの先端を突き立てた。すぐ傍に生えている蕗を傷つけないように慎重に土を掘り返すが、掘り出した土を払う仕草は乱暴である。
おそらく、今掘っている穴の中に母親の死体を埋めるつもりなのだろう。何も言わずシャベルを突き出したのは、逃さないという一種の彼女なりの意思表示だったのかもしれない。
彼女を見習って仁武も地面にシャベルを突き立てる。深く差し込めば、ぬかるんだ土の中にシャベルが飲み込まれていった。
それからは互いに一言も発することなく、黙々と土を掘ることに専念する。しばらく掘り続け、人一人分は入るであろう穴が庭に生まれた。
あとは死体を運ぶだけである。居間へ戻った蕗は、庭の方へ手を伸ばしたまま息絶えた死体の傍に膝を折る。そのまま迷うことなく死体と日焼けした畳との間に手を入れると、いとも簡単に持ち上げてみせた。
彼女が死体を抱えて庭に降り立つ光景を仁武は一歩後に引いて眺めていた。目の前の現実でありながら非現実的な光景が信じられず、ここへ来てからずっと映画でも見ているような気分だった。人間は非現実的なものに恐怖する。仁武はこの光景を見て恐怖していたのだろう。
「おやすみなさい、母さん」
穴の中に白骨死体を入れ、傍に置いていたシャベルを手に取ると盛り上がった土を掬って穴の中に入れ始めた。
少しずつ母親の骨が土に埋もれ、やがて顔全体が土に隠れた。色が変わった土の上にシャベルを突き立てた蕗は、窶れた表情のままシャベルに寄り掛かる。
日はとうに昇り、時刻は昼に差し掛かろうとしていた。それでも周りから何の音も聞こえないのはこの町が小さいからか、それとも誰もいなくなってしまったからか。
空を仰ぐ蕗を見ていると、徐々に仁武の中に不安が募っていく。死体遺棄の協力をしてしまったこと、意図せず蕗の過去を知ってしまったこと、何よりこれから先どうなるのか全くもって想像できなかった。
「いきなりごめんね。こんなことさせちゃって」
「……いいよ」
「逃げることだってできたんじゃない? どうしてここまで来てくれたの?」
何もいいわけがないというのに条件反射というやつでそう答えていた。縁側に腰を下ろし、ぼんやりと鮮やかな青空を見上げる。
蕗は純粋だ。仁武が何を思っていいと言ったのか、彼女は言葉通りの意味でしか捉えていない。だから、ここまで仁武が付いて来た理由など考えもつかないのだ。
「……理由なんて無いよ。ただ、君を一人にするのが怖かっただけ」
空を見上げているから蕗の表情は見えない。今の彼女が何を思って、どのような表情を浮かべているのかなど知り得ることもないのだった。



