嘘つきと疫病神

 突然意識が鮮明になり、そっと目を覚ます。霞む視界をゆっくりと動かせば、すぐ隣に座っている仁武が寝息を立てていた。
 窓の外を見れば、鮮やかな藍色の空が広がっている。夜明けだ。
 やっと朝が来た。今までで経験したことがないほどの長い夜、それが今明けた。
 壁際に座って膝を抱えて寝ていたため身体が固まってしまっている。硬直した身体を伸ばそうと動くと、隣で眠っている仁武が微かに唸り声を上げた。
 そしてすぐにその目が開き、ぼんやりとした眼差しが蕗を射抜く。

「おはよ……」
「おはよう。朝、来たね」

 二人は硝子が砕け落ちて枠組みだけになってしまった窓から空を見る。日暮れとは違う明け方の藍色。
 その美しさは、昨日の出来事がなかったようだ。

「朝だ……」

 怪我人の一人が空を見て声を上げた。それに呼応するように床に伏せていた他の怪我人も顔を上げる。
 皆が窓の外を見て涙を流し始めた。隣りにいる恋人らしき人と抱き合ったり、俯いて一人で嗚咽を漏らしながら泣いたり、子供を窓際につれて共に鮮やかな空を見上げたりと。
 皆、この朝が来ることを待ち望んでいた。あの地獄から覚めることを。

「朝が来た!」
「夜が明けたぞ!」

 焼け焦げた校舎の中に人々の歓喜の声が溢れ返る。あっという間に騒がしくなった教室の片隅で、蕗と仁武は顔を見合わせてほっと一息ついた。
 バタバタと廊下から忙しない足音が聞こえ、蕗と仁武のいる教室の入口から紬達が顔を覗かせた。

「ああ、良かったあ」

 蕗の目の前まで走ってきた和加代は、その場にぐったりと座り込んでしまった。昨晩はぐっすりと眠れた蕗だったが、この元女学校の生徒である和加代はひたすら怪我人の世話をしていたのだろう。目の下にくっきりと隈を浮かべているが、表情は生き生きとしていた。

「これからどうしようか」

 隣で仁武がぽつりと呟いた。無事に全員が生きたまま朝を迎えることができたが、これから自分達はどうすればよいのだろう。
 家同様だった柳凪の建物は爆弾によって破壊され、帰る家など無くなってしまった。
 窓の外では太陽が昇ろうとしている。眩しい太陽の光が窓の外を見つめる蕗達の顔を明るく照らした。

「帰る場所がなくなっちゃったわね」
「私達は何処に行けば良いんだろう。店も、家も無くなって……」

 そこまで口にしてふと思い立った。家ならあるじゃないか、かつて母と暮らしたあの家が。
 続々と学校にやって来る人々は避難してきた怪我人の親族だろう。死んだと思っていた人との再会に誰もが涙を流している。
 そんな人々など気にもとめず、蕗は勢いよく立ち上がると窓の外を飛びつくように睨めつけた。外は焼け野原で当然と言っていいほど酷い有様だ。
 だが視線の先、焼け野原に囲まれるようにして小さな集落が燃えることなく残っている。その地域こそが、蕗が幼い頃に暮らしていた街だった。

「何かあったのか?」

 座ったまま蕗を見上げる仁武が問う。窓の外を睨みつける蕗の様子が普段と違うことくらいすぐに察しがついた。