嘘つきと疫病神

 だから、現実を突きつけないでほしかった。仁武にまで言われてしまったら、もはや信じるしか無くなってしまうから。
 戦争に行ってしまっても仁武ならば生きて帰ってきてくれる。そのことは信じられないでいたのに、残酷な現実は信じることができる自分が何よりも愚かであった。
 仁武の胸に顔を埋めると、自分の思いが間違えているのかと錯覚してしまいそうである。
 もっと何か言い返すことができれば、自分は間違えていないと主張できればどれほど良かっただろう。彼らが戦場に生きたくないと口にさせられるくらい、気持ちを動かすことができれば。
 自分の弱さだけが何度も背に突き刺さって、そのまま身体を貫かれてしまいそうだ。

「まずい!」

 その時、ある方向を見つめていた江波方が声を荒げた。こんなにも焦った様子の彼など、これまでに見たことがあっただろうか。
 再び紬を抱き寄せた江波方は、彼女を庇うようにその方向へ自身の背中を向ける。

「どうしたんですか!?」
「もう時間がない。早くここから避難しないと!」

 仁武は背後にいた江波方の方に向き直ると、彼の視線の先を自身も追いかける。振り返った江波方の表情は蒼白しており、絶望の色が滲んでいる。
 蕗を背に隠した仁武もまた、その光景を目にしたまま絶望を感じた。何が起きているのかと仁武の背後から蕗も顔を覗かせる。
 彼らの視線の先には、蕗の家であり思い出が詰まった茶屋柳凪の建物がある。そしてその上には、一機の爆撃機。
 身体中から血の気が引いていく。

「嫌、嫌だ!!」
「駄目だ蕗! 動けばあれに狙われる!」

 男性である仁武の方が蕗よりもよっぽど力が強い。振り解こうと身体を動かそうが、簡単に動きを封じられてしまう。
 彼の腕の中に封じ込められ、ただ起きようとしている悲劇を何もせず見つめていることしかできない。
 だが、黙って見ていられなかった。母と過ごした家、仁武とその祖母と暮らした家、これまでに何度も幸せだと感じた場所があった。
 けれど柳凪は蕗の中で何よりも大切だと思えた場所だったのだ。自分の親代わりになってくれた鏡子が大切にしていたからだけではない、紬や友里恵がいて、仁武達が憩いの時間を過ごすためにやって来る。
 そんな柳凪の建物にあの爆撃機は容赦なく爆弾を投下するのだ。

「うあ、ああ…………」

 遠ざかる爆撃機、空中を下る爆弾、それらの動きがゆっくり進んでいるように見えた。手を伸ばしてもそれらの動きは止まらない。
 嗚呼、ぶつかる。当たる。壊れる。崩れる。無くなる。終わる。
 爆弾が柳凪の建物の屋根に当たった瞬間、木造の建物は爆風によって弾け飛ぶ。燃え上がり、崩れ落ち、それまでそこにあった店はもうどこにもなかった。
 紬が江波方の胸に顔を押し当てる。彼も目の前の光景から目を逸らし、ぐっと奥歯を噛み締めた。
 仁武が見ないで済むように目元を手で覆い隠そうとした。けれどそれは叶わない。
 すでにその一連の光景を蕗は目に痛いほどに見てしまったからだ。
 人間とは何処まで愚かな生き物なのだろう。何故、何度も何度も大切なものを奪い去っていくのだろう。

「あああああああああ!!」