恐ろしい、怖くて動き出せない。けれど、今は一人でいる方が危険なのではないか。
このままこの場でじっとしていては、空を飛ぶ米軍に目を付けられるのも時間の問題である。一刻も早く誰か信頼できる人の元へ行きたい。
「柳凪に行けば、鏡子さん達がきっと……」
震える足を叩いて立ち上がり、膝に付いた土を払うと人の流れと反対に向かって走り出した。
向かうは皆との思い出が詰まった茶屋柳凪。あの店に行けば鏡子や紬がいるはずだ。
(嫌な予感がする……)
感じる違和感、胸の奥で渦巻く不安感に気づかないふりをしてしまうのは、少なからずこの先に待っている現実が想像つくからだ。
けれど、それを現実にしてはいけない。絶対にしてはならなかった。
人々の流れがどれだけ走っても途切れない。走れど走れど、一向に柳凪に近づく予感などなく、ただひたすらに体力を奪われていくだけだった。
隣町に差し掛かると、先程の人の量とは比にならないほどの大群が郊外へ逃げようと一斉に押し寄せていく。
押し戻されないよう踏み留まりながら店を目指し、一歩一歩重い足を鼓舞して先に進んだ。
けたたましいサイレンが耳に痛い。あちらこちらで子供の泣き声が響き渡り、視界の端には親とはぐれて泣き叫ぶ子供の姿が入った。
皆が自分のことで精一杯で子供達のことなど眼中にないらしい。他人事のように走りながら考えるが、立ち止まろうとしない蕗もまたそれらと同じだった。
「あっ……」
視界の先に鏡子と紬がいた。二人は流れる人の波を目で追いながら逃げる隙を見計らっているようだ。
「鏡子さん! 紬さん!」
彼女達の名を叫べば、気がついた様子の二人が振り返ってこちらに手を振る。それでも普段の優しい笑顔など無い、恐ろしさに歪んだ表情だ。
あと少し、あと少しで二人の元に。
「きゃあああああ!」
誰かの叫び声と共に、すぐ耳元で爆発音が鳴った。
未だ鳴り響くサイレン、耳を劈くほどの爆音に身体中が痺れてその場に蹲る。
鋭い硝煙と血の匂い、ジリジリと頬を焼く炎の熱さが不快で堪らない。視界を横にずらすとすぐ傍で炎が轟々と燃えている。
ドカン______。
爆発音が鳴ったかと思うと、この空間にあった音という音が全て消える。人々の叫び声、爆発音、爆撃機のエンジン音。
「蕗ちゃん!」
大した距離ではなかったはずなのに紬の叫び声がやけに遠くに感じた。燃え上がる炎が彼女との間に壁を作り出す。
ガタン___。ガラガラ_______。
すぐ頭上で何かが崩れる音がする。ドクンと心臓が脈打ち、命の危険を知らせた。
見上げれば、燃え上がった家屋から瓦礫が蕗に向かって降り落ちようとしていた。その一連の動きがゆっくりに見えて、これで死ぬのかと無力なまま訪れるその時を待つ。
「駄目よ! 行かないで!」
悲痛な紬の叫び声と同時に、蕗の身体は勢いよく後方へと弾き飛ばされた。
このままこの場でじっとしていては、空を飛ぶ米軍に目を付けられるのも時間の問題である。一刻も早く誰か信頼できる人の元へ行きたい。
「柳凪に行けば、鏡子さん達がきっと……」
震える足を叩いて立ち上がり、膝に付いた土を払うと人の流れと反対に向かって走り出した。
向かうは皆との思い出が詰まった茶屋柳凪。あの店に行けば鏡子や紬がいるはずだ。
(嫌な予感がする……)
感じる違和感、胸の奥で渦巻く不安感に気づかないふりをしてしまうのは、少なからずこの先に待っている現実が想像つくからだ。
けれど、それを現実にしてはいけない。絶対にしてはならなかった。
人々の流れがどれだけ走っても途切れない。走れど走れど、一向に柳凪に近づく予感などなく、ただひたすらに体力を奪われていくだけだった。
隣町に差し掛かると、先程の人の量とは比にならないほどの大群が郊外へ逃げようと一斉に押し寄せていく。
押し戻されないよう踏み留まりながら店を目指し、一歩一歩重い足を鼓舞して先に進んだ。
けたたましいサイレンが耳に痛い。あちらこちらで子供の泣き声が響き渡り、視界の端には親とはぐれて泣き叫ぶ子供の姿が入った。
皆が自分のことで精一杯で子供達のことなど眼中にないらしい。他人事のように走りながら考えるが、立ち止まろうとしない蕗もまたそれらと同じだった。
「あっ……」
視界の先に鏡子と紬がいた。二人は流れる人の波を目で追いながら逃げる隙を見計らっているようだ。
「鏡子さん! 紬さん!」
彼女達の名を叫べば、気がついた様子の二人が振り返ってこちらに手を振る。それでも普段の優しい笑顔など無い、恐ろしさに歪んだ表情だ。
あと少し、あと少しで二人の元に。
「きゃあああああ!」
誰かの叫び声と共に、すぐ耳元で爆発音が鳴った。
未だ鳴り響くサイレン、耳を劈くほどの爆音に身体中が痺れてその場に蹲る。
鋭い硝煙と血の匂い、ジリジリと頬を焼く炎の熱さが不快で堪らない。視界を横にずらすとすぐ傍で炎が轟々と燃えている。
ドカン______。
爆発音が鳴ったかと思うと、この空間にあった音という音が全て消える。人々の叫び声、爆発音、爆撃機のエンジン音。
「蕗ちゃん!」
大した距離ではなかったはずなのに紬の叫び声がやけに遠くに感じた。燃え上がる炎が彼女との間に壁を作り出す。
ガタン___。ガラガラ_______。
すぐ頭上で何かが崩れる音がする。ドクンと心臓が脈打ち、命の危険を知らせた。
見上げれば、燃え上がった家屋から瓦礫が蕗に向かって降り落ちようとしていた。その一連の動きがゆっくりに見えて、これで死ぬのかと無力なまま訪れるその時を待つ。
「駄目よ! 行かないで!」
悲痛な紬の叫び声と同時に、蕗の身体は勢いよく後方へと弾き飛ばされた。



