嘘つきと疫病神

 瓦礫の中から這い出ると、少しばかり外の暑さは落ち着いていた。塀の傍に置いていた籠を背負い、中身が入っていることを確認して歩き出す。
 当てにならない地図を片手に持ち、しばらく道なりに進む。すると道が途切れ、その先に寂れた町には似つかないそれなりにしっかりとした作りの家があった。
 おそらくこの家が鏡子に言われた家だろう。家の中からは人の気配を感じるため、今も誰かが住んでいることは間違いない。
 扉を数回叩くと、少し間を置いて扉が空いた。出てきたのは腰の低い老婆である。

「おや、お客さんかい?」
「柳凪から来ました。鏡子さんから使いを頼まれまして」
「まあまあ、こんな遠いところまでご苦労さま。どれ、いつものだろうね。少し待っていておくれ」

 籠を降ろして中に入っていた包を取り出して待つと、一度家の中に入っていった老婆が幾つかの野菜を持って戻ってきた。
 なるほど。蕗が持っている髪飾りとこの野菜を交換するのか。初めて使いに出たため巷の取引状況など知らなかったが、今の時代ではこうして物々交換をするしか何かを得る方法がないのだ。
 老婆が籠に入れた野菜は多いとは言えない。人が一人か二人、数日生きられるかどうかの少ない量である。しかし今ではこれだけの野菜を得られるだけでも貴重だ。それにこれらの野菜を食べるのは蕗と鏡子だけ、紬は近くに実家があり、毎日帰っているため夕食の時にはすでに店を出ている。
 少しばかり重くなった籠を背負い、老婆に頭を下げてから帰路についた。
 無事に使いを終わらせられたことに安堵し、帰ったら鏡子が褒めてくれるだろうかと期待しながら来た道を辿る。
 静かで長閑な町だ。寂れているだけが悪いわけではない、静かだからこそ自然を感じられるというものだ。

 …………ウ─────ン。
 ウ─────ン。

 柳凪がある隣町へと差し掛かろうとした時、辺りの空気が一変した。
 何度も繰り返される唸り声のような、地鳴りのような音。音が繰り返される度に、心臓が重く脈打つ。
 恐怖と不安と理解できない状況に足が竦み、その場に立ち止まっていると辺りが一際騒がしくなりだした。その事に気がついたと同時に家屋から人々が次々と飛び出してくる。

「な、何これ……」

 道の真ん中で立ち止まる蕗を押し退けながら走る人々の表情は恐怖に滲みきっている。血相を変えて次から次へと向かってくる人々の姿は異常だ。
 状況が飲み込めず、立ち竦んでいる蕗の傍を通りかかった中年の女性が蕗に向かって叫ぶ。

「お嬢ちゃん、何をしているの! 早く防空壕か川の方へ逃げなさい!」

 誰かと正面からぶつかり、弾かれるように人の波から押し出される。小さな子供が大人に抱え上げられ、何処かを目指す人々の波は途切れることを知らない。
 蕗が道端に座り込み状況が飲み込めない中、道行く人々は我先にと逃げ場を探し求めている。
 一瞬、蕗の頭上を何かが横切った。反射的に空を見上げる。
 あれは、飛行機か? 灰色の金属の塊が空を旋回しながら頭上を横切っていく。
 違う、ただの飛行機ではない。あれは、米軍の戦闘機だ。
 それも一機どころではない、二機、三機、次から次へと空を戦闘機が横切っていく。
 辺りは混沌に飲み込まれ、空は灰色に染まり、恐怖が身体を支配し地面に縛り付ける。