台所を飛び出して、店と住宅を隔てる扉に向かう。一度部屋に行って物事を整理したかった。
「蕗ちゃん」
「ひっ!」
扉に手を掛けた時、すぐ背後で鏡子の声がした。それも耳元という至近距離である。
「何処に行くの?」
「へ、部屋に。自分の部屋に行こうかと思って」
「こんな時間に? もう少しここにいたかったんじゃなかった?」
ちらりと横目で声が聞こえた左を見れば、表情こそ見えないが鏡子の黒髪が見える。
嘘を吐いていると感づかれたらしい。微かに彼女の指先が肩に触れており、一歩でも動けばすぐに掴みかかろうとしているのだろう。
何故紬も鏡子も蕗をこの場に引き止めたがるのか分からないが、少なからず蕗が何かを企んでいると気づいたらしい。
鏡子に気づかれてしまったのならこれ以上隠し通すことはできない。大人しく彼女に従うほうが得策だろう。
「何かお手伝いできることはないかと思ったんですけど、紬さんにはもう何もないと返されてしまって。鏡子さん、私に手伝えることはありませんか?」
振り返って真っ直ぐと鏡子を見つめながら言う。上手く笑えているだろうか。誤魔化せたとは思えないが、これ以上怪しまれることはないだろう。
蕗の一息で勢いのある言葉に鏡子は何も言い返さず小さく溜息を吐いた。いつからこんなにも頑固になったのだろうかと、成長を感じる反面少しばかり残念にも思っているようだ。
溜息混じりに呆れていながらも、蕗を見つめる瞳は姉のような優しさがある。
「私は貴方に休んでいてほしいと思っているのだけれどね。そこまで言うなら、お使いを頼もうかしら」
「も、もちろん! 行かせてください!」
この場に居ても江波方と接触できるわけではない。店に来るかどうかも分からないというのに、このまま待っていても埒が明かないだろう。
聞きたいことが山ほどあるのだ。こうしている間にも時間というものは無情に流れていく。
鏡子が店の奥から紐がついた籠と、色鮮やかな髪飾りが入った包を持って出てきた。蕗に籠を背負わせ、その中に包を入れる。
準備ができたことを確認するために鏡子は正面に回って蕗を見た。彼女の左手首に付けられた見慣れないブレスレットは、籠に入れた髪飾りと同じく彼女の私物なのだろうか。
「行ってらっしゃい」
髪飾りのことや、ブレスレットのことを聞きたかったが、半ば追い出されるように店を出る。
店を出ると、鏡子がこれから向かう場所を簡易的に書いた地図を手渡してきた。ここから南にしばらく進んだ、この町と隣町の境にある家である。
手を振りながら送り出す鏡子を背に歩き出した蕗は、地図を睨みつけながら暑さが身体を痛めつける町の中を進む。
籠の中に入っている鏡子の髪飾りが気になって仕方がなく、ただ暑さで疲弊するのとは別の緊張感で身体が強張った。
「どうしようかなあ」
仁武や江波方達軍人は、普段から柳凪に暇があれば遊びに来ていたため特に連絡せずとも会えていた。
しかし彼らは軍人である。そう簡単に基地を抜け出せるわけもなく、彼らが店に来ないということは時間がないということだった。
だからといって江波方に会えないままでいるわけにはいかない。町に出てあちらこちらと彷徨っていれば、店で待っているよりもどこかで会えるかもしれないという考えが蕗にはあった。
「蕗ちゃん」
「ひっ!」
扉に手を掛けた時、すぐ背後で鏡子の声がした。それも耳元という至近距離である。
「何処に行くの?」
「へ、部屋に。自分の部屋に行こうかと思って」
「こんな時間に? もう少しここにいたかったんじゃなかった?」
ちらりと横目で声が聞こえた左を見れば、表情こそ見えないが鏡子の黒髪が見える。
嘘を吐いていると感づかれたらしい。微かに彼女の指先が肩に触れており、一歩でも動けばすぐに掴みかかろうとしているのだろう。
何故紬も鏡子も蕗をこの場に引き止めたがるのか分からないが、少なからず蕗が何かを企んでいると気づいたらしい。
鏡子に気づかれてしまったのならこれ以上隠し通すことはできない。大人しく彼女に従うほうが得策だろう。
「何かお手伝いできることはないかと思ったんですけど、紬さんにはもう何もないと返されてしまって。鏡子さん、私に手伝えることはありませんか?」
振り返って真っ直ぐと鏡子を見つめながら言う。上手く笑えているだろうか。誤魔化せたとは思えないが、これ以上怪しまれることはないだろう。
蕗の一息で勢いのある言葉に鏡子は何も言い返さず小さく溜息を吐いた。いつからこんなにも頑固になったのだろうかと、成長を感じる反面少しばかり残念にも思っているようだ。
溜息混じりに呆れていながらも、蕗を見つめる瞳は姉のような優しさがある。
「私は貴方に休んでいてほしいと思っているのだけれどね。そこまで言うなら、お使いを頼もうかしら」
「も、もちろん! 行かせてください!」
この場に居ても江波方と接触できるわけではない。店に来るかどうかも分からないというのに、このまま待っていても埒が明かないだろう。
聞きたいことが山ほどあるのだ。こうしている間にも時間というものは無情に流れていく。
鏡子が店の奥から紐がついた籠と、色鮮やかな髪飾りが入った包を持って出てきた。蕗に籠を背負わせ、その中に包を入れる。
準備ができたことを確認するために鏡子は正面に回って蕗を見た。彼女の左手首に付けられた見慣れないブレスレットは、籠に入れた髪飾りと同じく彼女の私物なのだろうか。
「行ってらっしゃい」
髪飾りのことや、ブレスレットのことを聞きたかったが、半ば追い出されるように店を出る。
店を出ると、鏡子がこれから向かう場所を簡易的に書いた地図を手渡してきた。ここから南にしばらく進んだ、この町と隣町の境にある家である。
手を振りながら送り出す鏡子を背に歩き出した蕗は、地図を睨みつけながら暑さが身体を痛めつける町の中を進む。
籠の中に入っている鏡子の髪飾りが気になって仕方がなく、ただ暑さで疲弊するのとは別の緊張感で身体が強張った。
「どうしようかなあ」
仁武や江波方達軍人は、普段から柳凪に暇があれば遊びに来ていたため特に連絡せずとも会えていた。
しかし彼らは軍人である。そう簡単に基地を抜け出せるわけもなく、彼らが店に来ないということは時間がないということだった。
だからといって江波方に会えないままでいるわけにはいかない。町に出てあちらこちらと彷徨っていれば、店で待っているよりもどこかで会えるかもしれないという考えが蕗にはあった。



