次に蕗の前に経ったのは紬と江波方だ。二人の背後で揶揄われて項垂れる仁武と、そんな彼を慰めている小瀧が目に入って微かに笑みが溢れたのは蕗だけの秘密である。
「お誕生日おめでとう、蕗ちゃん! 本当に大きくなったねえ!」
真正面から力強く抱きしめる紬は、感極まったとばかりに涙混じりの声で言った。まるで我が子を想う母親のように言うが、実際母親や姉のように可愛がってくれたのだから文句など無い。それどころか、今でもこうして成長を喜んでくれていることに喜びを感じる。
恐る恐る彼女の背中に手を回して抱き返してみる。掌から腕にかけて彼女の温もりが伝わってきて、生きているのだと実感させられた。
けれど、最後にこうして紬に抱き付いたのがいつだったかは分からないが、心做しか細くなっているのは気のせいか。
近づいている終焉の時。紬だって怖いのだろう。戦争の影響でまともな食事にもありつけず、毎日飢えに耐え忍ばなければならない。
なんて生き辛い世の中なのだろうと、言葉にできない不甲斐なさが背後から襲い掛かってきた。
「おめでとう、蕗ちゃん」
「紬さん、江波方さんもありがとうございます」
ようやく離れた紬は、蕗の言葉を聞いてふっと笑みを零した。二人は目を合わせ静かに笑い合う。蕗が今ある幸せを噛み締めるように、妹のように思っている蕗の幸せを二人も喜んでいる。
二人がその場を離れると、次に蕗の前に立ったのは、鏡子と芝だった。
長らく見ていなかった芝の表情は微かに窶れている。しかし悟られまいと、優しくて穏やかな微笑みを浮かべていた。
彼が特攻隊に志願したことを聞いてからかなりの時間が過ぎた。彼が空に旅立つ日はそう遠くない。
だが、今は蕗の誕生日を祝おうとこの場にいるのだ。彼の決意と思いを踏み躙る真似などできない、だから今だけでも笑っていようと二人を見上げて蕗は笑った。
「おめでとう」
蕗を見下ろす芝はたった一言微笑みながら言うと、そっと蕗の頭の上に手を置いた。男らしい大きくてゴツゴツとした手が優しく頭を撫でる。物心ついた頃から父親がおらず、こうして誰かに頭を撫でてもらうことなどなかった。
実際に血が繋がっている訳では無いにしろ、蕗にとって芝は兄のような存在だった。頼りがいがあって、力強くて、皆を明るくできる面白さを持っている。芝が自分の父親だったならば、兄だったならば、どれほど良かっただろうか。
芝の横から顔を覗かせた鏡子は、珍しく結い上げた髪を鮮やかに飾っていた。豪華というほどではないが、可愛らしい花の髪飾りは彼女の淡い色合いの着物とよく合っている。
「おめでとう。もう出会ってから十年以上も経つのね」
「もうそんなに、早いですね」
鏡子と出会ったのは、仁武に助けられてすぐだった。独り身だった蕗を仁武はいろいろな所へ連れて行ってくれた。そのうちの一つが、柳凪だったのだ。
時間が無限ではなく、瞬く間に過ぎ去るものだと分かっているが、もう少しだけゆっくり流れてくれても良いのではないかと思ってしまう。こんな事考えてもどうにもならないこともまた事実だが。
「蕗」
退いた鏡子と芝の間から仁武が現れる。最後は仁武の番。
この時間があるのも、蕗が今も生きているのも、全ては仁武のお陰だった。彼がいたから今の自分がいる。
蕗の前で膝を折った仁武は、真っ直ぐと蕗を見上げて口を開いた。
「お誕生日おめでとう、蕗ちゃん! 本当に大きくなったねえ!」
真正面から力強く抱きしめる紬は、感極まったとばかりに涙混じりの声で言った。まるで我が子を想う母親のように言うが、実際母親や姉のように可愛がってくれたのだから文句など無い。それどころか、今でもこうして成長を喜んでくれていることに喜びを感じる。
恐る恐る彼女の背中に手を回して抱き返してみる。掌から腕にかけて彼女の温もりが伝わってきて、生きているのだと実感させられた。
けれど、最後にこうして紬に抱き付いたのがいつだったかは分からないが、心做しか細くなっているのは気のせいか。
近づいている終焉の時。紬だって怖いのだろう。戦争の影響でまともな食事にもありつけず、毎日飢えに耐え忍ばなければならない。
なんて生き辛い世の中なのだろうと、言葉にできない不甲斐なさが背後から襲い掛かってきた。
「おめでとう、蕗ちゃん」
「紬さん、江波方さんもありがとうございます」
ようやく離れた紬は、蕗の言葉を聞いてふっと笑みを零した。二人は目を合わせ静かに笑い合う。蕗が今ある幸せを噛み締めるように、妹のように思っている蕗の幸せを二人も喜んでいる。
二人がその場を離れると、次に蕗の前に立ったのは、鏡子と芝だった。
長らく見ていなかった芝の表情は微かに窶れている。しかし悟られまいと、優しくて穏やかな微笑みを浮かべていた。
彼が特攻隊に志願したことを聞いてからかなりの時間が過ぎた。彼が空に旅立つ日はそう遠くない。
だが、今は蕗の誕生日を祝おうとこの場にいるのだ。彼の決意と思いを踏み躙る真似などできない、だから今だけでも笑っていようと二人を見上げて蕗は笑った。
「おめでとう」
蕗を見下ろす芝はたった一言微笑みながら言うと、そっと蕗の頭の上に手を置いた。男らしい大きくてゴツゴツとした手が優しく頭を撫でる。物心ついた頃から父親がおらず、こうして誰かに頭を撫でてもらうことなどなかった。
実際に血が繋がっている訳では無いにしろ、蕗にとって芝は兄のような存在だった。頼りがいがあって、力強くて、皆を明るくできる面白さを持っている。芝が自分の父親だったならば、兄だったならば、どれほど良かっただろうか。
芝の横から顔を覗かせた鏡子は、珍しく結い上げた髪を鮮やかに飾っていた。豪華というほどではないが、可愛らしい花の髪飾りは彼女の淡い色合いの着物とよく合っている。
「おめでとう。もう出会ってから十年以上も経つのね」
「もうそんなに、早いですね」
鏡子と出会ったのは、仁武に助けられてすぐだった。独り身だった蕗を仁武はいろいろな所へ連れて行ってくれた。そのうちの一つが、柳凪だったのだ。
時間が無限ではなく、瞬く間に過ぎ去るものだと分かっているが、もう少しだけゆっくり流れてくれても良いのではないかと思ってしまう。こんな事考えてもどうにもならないこともまた事実だが。
「蕗」
退いた鏡子と芝の間から仁武が現れる。最後は仁武の番。
この時間があるのも、蕗が今も生きているのも、全ては仁武のお陰だった。彼がいたから今の自分がいる。
蕗の前で膝を折った仁武は、真っ直ぐと蕗を見上げて口を開いた。



