見てはいけない、そう思っているのに視線はそれに釘付けになる。見せつけるように横たわるそれが元は何だったのか、考えなくとも想像がついた。
「……洸希?」
名を呼んでも、それが声を発することはない。
「何、勝手に死んでんだよ。なあ、洸希……」
責めても、怒りを露わにしても、それは身動き一つ取らない。到底元が人間だっと他は思えず、そこにあるのは人形だと自身を騙そうとする自分すら頭の中で横切った。
「巫山戯んなよ」
近頃、仁武はよく鉄のように冷え切った感情の籠もらない声を出すことがある。元から感情を表に出す方ではなかったにしろ、それなりに笑う一面を見てきた。
けれど今の仁武は、まるで彼とは思えないほど別人のように変わっている。
それが蕗には恐ろしくてならなかった。変わりたいと願ったとて、そこにあって当たり前のものが壊れてしまうくらいなら変わりたくないと思う。変わってしまったせいで仁武と離れてしまうなら、変わらなくていい。ずっと子供の頃のままでいたい。
上手く首を動かせず、機械のようにぎこちなく首を動かして仁武を見上げる。
下から覗き込んでいるのと、帽子の庇で顔に影が落ちてその表情を伺うことはできない。それでもこれだけは分かる。
仁武は怒っている。腹の底から煮え滾る怒りに打ち震えているのだ。
「生きたいってお前が言ったんじゃねえかよ。なんで、なんで死んでんだよ……」
人の形すら留めていないから、それが洸希であるなど誰も証明できない。けれど、仁武にはそれが洸希であるという確信があった。
ゆったりとした足取りで死体に近づき、すぐ傍に膝を折って屈む。
極力地肌に触れないように注意しながら首元に掛かった布を払うと、汚らしい首が露わになった。
やはりそうだ。首元には友里恵に刻まれたものと同じ切り傷がある。
視線を移すと、死体の傍には錆びついた包丁が転がっていた。水か何か透明の液体が付着しているのは偶然ではないだろう。
「樒って、毒の木だよな」
どうして仁武が植物について、植物の毒について知っているのかは重要ではない。
紬が植物について詳しいことは知っているし、江波方に語って聞かせている場面を見たことがある。
けれど、仁武が彼女から話を聞いているところは見たことがなかった。それなのに何故樒が毒を持っていると知っているのだろうか。
樒は葬儀の際に死臭を防ぐためと邪気祓いのために飾られることがある。先日の友里恵の葬儀の際も、樒が飾られていた。
「あっ……」
小さく声を上げた蕗がその場から立ち上がり、一目散に縁側から庭へと飛び出す。
突然のことに仁武は追いかけることすらできず、居間から庭に降り立つ蕗を眺めるだけだった。
「友里恵さんの葬式にも、おばあちゃんの葬式にも樒は飾られていた。そして、友里恵さんや町の人、洸希は樒の毒で死んだ……」
庭には意図的だと思われる一本の樒が植えられている。皮肉にも蕗を見下ろす樒は、これまでにどれほどの人々の死を見届けたのだろうか。
見上げると、樒の枝が一本だけ無理矢理折られたのか無くなっている。
未だ漂う腐敗臭が正常な嗅覚を奪っていく。頭が鋭く痛むのはこの匂いのせいか。
振り返って一歩踏み出し、庭から居間にいる仁武の方へ向き直った蕗は小さく息を吸って呟く。
「次は私達だったのかも」
洸希が自殺しなければ、毒撒きの疫病神は野放しになったまま。次に狙われたのは蕗だったのかもしれない。
「……洸希?」
名を呼んでも、それが声を発することはない。
「何、勝手に死んでんだよ。なあ、洸希……」
責めても、怒りを露わにしても、それは身動き一つ取らない。到底元が人間だっと他は思えず、そこにあるのは人形だと自身を騙そうとする自分すら頭の中で横切った。
「巫山戯んなよ」
近頃、仁武はよく鉄のように冷え切った感情の籠もらない声を出すことがある。元から感情を表に出す方ではなかったにしろ、それなりに笑う一面を見てきた。
けれど今の仁武は、まるで彼とは思えないほど別人のように変わっている。
それが蕗には恐ろしくてならなかった。変わりたいと願ったとて、そこにあって当たり前のものが壊れてしまうくらいなら変わりたくないと思う。変わってしまったせいで仁武と離れてしまうなら、変わらなくていい。ずっと子供の頃のままでいたい。
上手く首を動かせず、機械のようにぎこちなく首を動かして仁武を見上げる。
下から覗き込んでいるのと、帽子の庇で顔に影が落ちてその表情を伺うことはできない。それでもこれだけは分かる。
仁武は怒っている。腹の底から煮え滾る怒りに打ち震えているのだ。
「生きたいってお前が言ったんじゃねえかよ。なんで、なんで死んでんだよ……」
人の形すら留めていないから、それが洸希であるなど誰も証明できない。けれど、仁武にはそれが洸希であるという確信があった。
ゆったりとした足取りで死体に近づき、すぐ傍に膝を折って屈む。
極力地肌に触れないように注意しながら首元に掛かった布を払うと、汚らしい首が露わになった。
やはりそうだ。首元には友里恵に刻まれたものと同じ切り傷がある。
視線を移すと、死体の傍には錆びついた包丁が転がっていた。水か何か透明の液体が付着しているのは偶然ではないだろう。
「樒って、毒の木だよな」
どうして仁武が植物について、植物の毒について知っているのかは重要ではない。
紬が植物について詳しいことは知っているし、江波方に語って聞かせている場面を見たことがある。
けれど、仁武が彼女から話を聞いているところは見たことがなかった。それなのに何故樒が毒を持っていると知っているのだろうか。
樒は葬儀の際に死臭を防ぐためと邪気祓いのために飾られることがある。先日の友里恵の葬儀の際も、樒が飾られていた。
「あっ……」
小さく声を上げた蕗がその場から立ち上がり、一目散に縁側から庭へと飛び出す。
突然のことに仁武は追いかけることすらできず、居間から庭に降り立つ蕗を眺めるだけだった。
「友里恵さんの葬式にも、おばあちゃんの葬式にも樒は飾られていた。そして、友里恵さんや町の人、洸希は樒の毒で死んだ……」
庭には意図的だと思われる一本の樒が植えられている。皮肉にも蕗を見下ろす樒は、これまでにどれほどの人々の死を見届けたのだろうか。
見上げると、樒の枝が一本だけ無理矢理折られたのか無くなっている。
未だ漂う腐敗臭が正常な嗅覚を奪っていく。頭が鋭く痛むのはこの匂いのせいか。
振り返って一歩踏み出し、庭から居間にいる仁武の方へ向き直った蕗は小さく息を吸って呟く。
「次は私達だったのかも」
洸希が自殺しなければ、毒撒きの疫病神は野放しになったまま。次に狙われたのは蕗だったのかもしれない。



