家の敷地内に歩みを進め、錆びついた扉に手を掛ける。少し力を入れただけではびくともせず、仁武が両手で力を込めて半ば力尽くで引くと鈍い音を立てながら扉は開いた。何故か扉の鍵が破壊されており、何か強い衝撃が加わったのか微かにひしゃげている。扉が開きにくかったのはこれが原因だろう。
ちらりと横目で蕗を見た仁武は恐る恐る家の中へと入る。入った瞬間、彼の鼻を強い錆と腐敗臭が混ざった匂いが襲った。
「うっ……。何だよ、この匂い………」
口と鼻を掌で覆ってもなお、謎の強い匂いは鼻の奥を刺してくる。
玄関先で様子を伺っていた蕗も家の中に入り、同じく腐敗臭に苛まれ表情を歪めた。けれど、何故か耐えられないほどではないなと感じた。何処かで嗅いだことがあるのだ。ずっと昔に、同じような場所で同じ匂いを嗅いだことがある。
匂いは家の奥に進めば進むほど強くなる。蕗は誘われるように家の奥へと迷いなく進み始めた。
「……ニャア………」
猫の鳴き声が聞こえた気がした。辺りを見渡しても猫どころか生き物一匹見当たらない。それどころか、この家からは誰かが生活をしている気配も、生き物の気配も何一つとして感じられない。
(猫……?)
立ち止まって耳を澄ますと、何度も何度も猫の鳴き声が聞こえた。
振り返ることなく先へと進んでいく蕗の後ろ姿を眺めながら、仁武はずっと抱いていた嫌な予感の正体が形を成していることに気づかないふりをした。
今はまだ、気づいてはいけない。そんな気がしたのだ。
鼻の奥を突く鋭い腐敗臭に苛まれながらも廊下を進むと、朽ちた扉の前に佇む蕗が視線に入った。傍に寄ると、ようやく気がついたのか落ち着いた様子の蕗が振り返った。
「……何だか、開けちゃいけない気がして………」
「気の所為ならいいけど、この匂い、扉の向こう側から漂っているような……。開けるべきか、いや、開けないと」
「そうだよね。逃げちゃいけない、この先の出来事を知っておかないと」
ドアノブを握る蕗の手が震えている。表情でこそ平静を装っているが、やはり怖いのだろう。
安心付けられる抱擁力なんてものはないけれど、上から被せるように手を添えてやれば、少し安心したのか手の震えが止まった。
一瞬仁武の方を見上げた蕗は意を決して扉を開ける。するとすぐに蒸し暑さと強い腐敗臭が二人を襲った。
「は……。な、んだよ、これ………」
食器が散らばって足の踏み場がない台所、色褪せてシミが付いた畳、ちゃぶ台と箪笥の間に転がる“モノ”。
蕗を背に庇うようにして一歩、また一歩とその“モノ”に近づいていく。台所と居間の間に立つ仁武と蕗には、その“モノ”の全貌がちゃぶ台によって隠されている。
だから近づいてみるしかなかった。もはや見なくとも想像がついていたが、このまま逃げる気力すらもう残ってはいない。
背後で蕗の気配が消えた。振り返れば、彼女は床に力なく座り込み、ちゃぶ台と床との間から見えるそれを見つめている。
虫が飛び交い、赤黒く変色した皮膚、溶け落ちた目、まばらに髪が抜け落ちた頭。
そこにあったのは、腐りきった人間の死体だった。
ちらりと横目で蕗を見た仁武は恐る恐る家の中へと入る。入った瞬間、彼の鼻を強い錆と腐敗臭が混ざった匂いが襲った。
「うっ……。何だよ、この匂い………」
口と鼻を掌で覆ってもなお、謎の強い匂いは鼻の奥を刺してくる。
玄関先で様子を伺っていた蕗も家の中に入り、同じく腐敗臭に苛まれ表情を歪めた。けれど、何故か耐えられないほどではないなと感じた。何処かで嗅いだことがあるのだ。ずっと昔に、同じような場所で同じ匂いを嗅いだことがある。
匂いは家の奥に進めば進むほど強くなる。蕗は誘われるように家の奥へと迷いなく進み始めた。
「……ニャア………」
猫の鳴き声が聞こえた気がした。辺りを見渡しても猫どころか生き物一匹見当たらない。それどころか、この家からは誰かが生活をしている気配も、生き物の気配も何一つとして感じられない。
(猫……?)
立ち止まって耳を澄ますと、何度も何度も猫の鳴き声が聞こえた。
振り返ることなく先へと進んでいく蕗の後ろ姿を眺めながら、仁武はずっと抱いていた嫌な予感の正体が形を成していることに気づかないふりをした。
今はまだ、気づいてはいけない。そんな気がしたのだ。
鼻の奥を突く鋭い腐敗臭に苛まれながらも廊下を進むと、朽ちた扉の前に佇む蕗が視線に入った。傍に寄ると、ようやく気がついたのか落ち着いた様子の蕗が振り返った。
「……何だか、開けちゃいけない気がして………」
「気の所為ならいいけど、この匂い、扉の向こう側から漂っているような……。開けるべきか、いや、開けないと」
「そうだよね。逃げちゃいけない、この先の出来事を知っておかないと」
ドアノブを握る蕗の手が震えている。表情でこそ平静を装っているが、やはり怖いのだろう。
安心付けられる抱擁力なんてものはないけれど、上から被せるように手を添えてやれば、少し安心したのか手の震えが止まった。
一瞬仁武の方を見上げた蕗は意を決して扉を開ける。するとすぐに蒸し暑さと強い腐敗臭が二人を襲った。
「は……。な、んだよ、これ………」
食器が散らばって足の踏み場がない台所、色褪せてシミが付いた畳、ちゃぶ台と箪笥の間に転がる“モノ”。
蕗を背に庇うようにして一歩、また一歩とその“モノ”に近づいていく。台所と居間の間に立つ仁武と蕗には、その“モノ”の全貌がちゃぶ台によって隠されている。
だから近づいてみるしかなかった。もはや見なくとも想像がついていたが、このまま逃げる気力すらもう残ってはいない。
背後で蕗の気配が消えた。振り返れば、彼女は床に力なく座り込み、ちゃぶ台と床との間から見えるそれを見つめている。
虫が飛び交い、赤黒く変色した皮膚、溶け落ちた目、まばらに髪が抜け落ちた頭。
そこにあったのは、腐りきった人間の死体だった。



