嘘つきと疫病神

 そう言う男の子は人目を気にせず走り出す。後ろの方で誰かが声を掛けてきていたようだが、一瞬も気にする素振りを見せず男の子は手を引きながら走り続けた。
 手を引かれていては彼の表情を伺うことはできないが、足取りが軽やかなのを見るに随分と楽しげである。
 日が傾き出し、人通りが増えてきたのも相まって人目が気になる。しかし男の子は気にせずに町中を走り続けた。自分はひたすら置いていかれないように付いて行く。

「ねえ、何処に行くの?」

 走りながら声を出すと肺が悲鳴を上げた。殆ど息と変わらない声で尋ねると、男の子は首だけを動かし振り返る。
 その表情は満面の笑みだった。

「俺の家」

 返ってきた答えが想像の範疇を大幅に超えていて、目を剥いて言葉を失った。男の子はまた前を向いて走り続ける。
 まるで当たり前のことだとでも言いたげに、男の子の表情は楽しげだった。
 これからこの男の子の家に行く、そのことだけが全ての思考回路を支配していく。それ以上何も考えられず、手を引かれるままに走った。
 しかし、小柄とは言え相手は男の子。走り続けているとその速さに追いつけなくなり、途中で思わず立ち止まった。息も絶え絶えで顔を上げることができず、膝に手をついて必死に呼吸を整えるために肺いっぱいに息を吸う。
 その様子を男の子は心配げに見ていたが、やっと自分の速さで走っていて気遣いができていなかったと気が付き、みるみるうちに顔が青ざめていく。再び罰が悪そうに近寄ると、そっと背中に手を回してゆっくりと擦り出した。
 不器用なのにこういう気遣いができる男の子の優しさに、心があちらこちらへと散らばったようである。

「だ、大丈夫? もう少しゆっくり走ればよかったな、ごめん」
「こっちこそごめん。大丈夫だから……」

 そうは言うものの、上がりきった息が中々静まらずしばらく男の子に背中を擦ってもらう羽目になってしまった。
 もう何日もまともな食事にありつけておらず、水も何が含まれているのか分からないものばかりを飲んでいた。睡眠もまともに取れていなかった気がする。当たり前だが、そんな状態で走れる訳など無い。

「動ける? もう家に着いたんだけど」
「えっ……もう?」

 何を聞いているんだと自分でも聞き返したくなる問だったが、男の子はその問いに笑顔で力強く頷く。そしてすぐ傍の建物に視線を移した。

「ここが俺の家」
「これって……」

 建物には看板が立て掛けられており、何かが書かれているようだが上手く読み取れない。読み書きを教えてもらったことがないため、連なる漢字が読めないのだ。
 そのことを知ってか知らずか、男の子は肩から手を離すと建物の扉に手を掛けて振り返る。

風柳写真館(かぜやなぎしゃしんかん)、俺の家であり大好きな場所だよ」

 人生初の写真館は、不思議な出会い方をした男の子の家なのだという。