いじわる吸血鬼と、とびきり甘い“花嫁契約”。

「お、おぉおおおぉおぉぉおぉぉぉお……」

 私、花影美衣子(はなかげみいこ)

 今日から、白薔薇学園に通う高校一年生です。

 それにしても、すっごく大きい……。

 やっぱり、吸血鬼と人間が一緒に通ってるから、設備も整えなきゃなのかな……?

 けど、それにしても大きすぎる。

 学園よりも、豪邸っていったほうが合ってると思う。

 私、ほんとに今日からここに通うんだなっ……。

 うぅ……ちゃんと、友達できるかなぁ……。

 不安でいっぱいになりながら、私は校舎に足を踏み入れた。

 真っ先に目に飛び込んでくるのは、まるでレッドカーペットみたいな真っ赤な絨毯。

 これを普段使いしてるのかな……?

 つくづく、格が違いすぎる。

 正直、裕福とは言えない家庭で育った私には想像もできない。



 ……って、うそ、もう入学式まで10分しかない⁉



 急がなきゃ……っ!

 私は駆け足で入学式が行われる体育館に向かった。



 ……はずが。



「ここどこぉ……?」

 迷いました。完膚なきまでに。

 うぅ……だって、この学園が広すぎるんだもん……。

 もはや、自分が立っている場所すらどこか分からない。

 時間ばかりが過ぎていき、もう入学式まで5分しかない。

 どうしよう……入学式に遅れちゃう……っ。

 じわ、と涙が滲む。

 涙を拭きとりながら、私はその場にしゃがみこんだ。



「どうしたの?」



 突然声が聞こえて、肩が跳ね上がる。

 恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは。



 ――息を呑むほど、綺麗な人。



 ここの制服は黒で統一されてるけど、この人のために作られたんじゃないかと思うほど似合っている。

 黒が似合うから、クロさんと呼ばせてもらおう……。

「あ、ぇ、っと………」

 私はといえば、入学式に遅れてしまうという焦り+突然現れたクロさんに驚愕している状態で、うまく状況説明ができない。

 迷惑、かけちゃう……っ、早く説明しないと……っ。

 無視されてるみたいで、クロさんも気を悪くしてしまうはず……。

「ゆっくりで大丈夫だよ」

 そんな私の心情とは裏腹に、優しい声をかけてくれるクロさん。

 それを見ると、自然と心が落ち着いてきた。

「あ、の……新入生、なんですけど、あの、道、が、分からなくて……」

 さっきまで泣いていたせいで途切れ途切れになってしまったけど、ちゃんと言えた……。

「あ―……」

 クロさんが、バツが悪そうな声色になる。

 そこで、ハッとした。

 こんな見ず知らずの人に言われても、迷惑だよね……。

「あの、ごめんなさ……」

「え、なんで?」

「え、って……だって、私、迷惑を……」

「あ……そういうことじゃなくて。ごめん、紛らわしかったよね」

 え……?

 迷惑で、そう言ったんじゃないの……?

「ここ、迷いやすいんだよね。無駄に広いからさ」

 やっぱり、在校生の人もそう思うんだ……。

 ていうか、“無駄に”なんて言っちゃっていいのかな……?

「新入生っつたら入学式だよね? 体育館でオッケー?」

「あ、はい……」

「んじゃ行こうか。そういえば名前は?」

花影美衣子(はなかげみいこ)、です」

「じゃあ、みーこだ」

 ふっ、と柔らかい笑顔で。

 そう言って、私に手を差し出してくれたクロさん。

 いきなり名前で呼ばれて、不覚にもちょっとドキドキしてしまう。

 男の子に名前で呼ばれるの、はじめて……。

 私は自己紹介してからそっとその手を取り、立ち上がった。

「んとねー体育館は、ここの廊下の突き当りを右に曲がってーそっから外に出て―自販機あるとこで左に曲がって、って感じ」

 廊下の突き当りを左に曲がって、外に出て、自販機で右に曲がって……?

 あれ、合ってる……?

 思った以上にややこしくて、つい困惑してしまう。

「ありがとう、ごさいます」

 まだハッキリとは分かってないけど、たぶん大丈夫なはず……!

 お礼を言ってから、私は廊下の突き当りを目指して進み出した。

 少し進んでから何となく違和感を抱き、後ろを振り向くと。





 ――私の少し斜め後ろにクロさんが立っていた。





 あまりの驚きに、心臓が飛び跳ねる。

 え、なんっ、え、えぇえぇえぇぇええぇぇぇ⁉

「ん、どした?」

 当のクロさんは、不思議そうにこちらを見つめている。

「え、あの、クロさんも……」

「クロさん?」

「あっ……ごめんなさい、黒が似合ってたので……」

 初対面の人に変なあだ名で呼ばれるなんて迷惑だよね……。

 嫌な気持ちにさせてしまったに違いない。

 そう思ったけど、当のクロさんはふっ、と笑ってくれた。

「いや、全然いいんだけどさ」

「ありがとうごさいます……。クロさんも、こっちのほうに用があるんですか?」

「いやー? なんか危なっかしいし、また迷いそうだなーって」

 思わぬ回答が返ってきて、驚愕する。

 じゃあ……私のためってこと……?

 初対面の人にこんなに優しくしてくれるなんて、なんていい人なんだろう。

 そう思いながら歩いていると、廊下の突き当りにたどり着いた。

 えっと、たしか……左、だったよね……?

 私が左に曲がろうとすると、

「ほーら間違えた。ここ右だよ」

 うえぇっ……⁉

 危ない、また迷うところだった。

 本当に、クロさんがいてくれてよかった……。



 その後も、たびたび道を間違える私をクロさんは少し笑って導いてくれて、私はなんとか体育館に到着した。

「じゃ、俺はここらへんで」

 まっすぐ進んだら体育館、という廊下の前でクロさんと別れた。

「はいっ、ありがとうございました!」

 入学式が始まるまで残り1分。

 よかった、ぎりぎり間に合った……。

 あれもこれも、全部クロさんのおかげだ……。

 私は自分の席に着き、姿勢を正した。



 入学式は、教頭先生の挨拶で幕を開けた。

「これより白薔薇学園、入学式を開式いたします」

 うん、入学式の流れは私が通っていた中学校のものと同じみたい。

 やっぱり緊張もあるけれど、楽しみが膨らんでいった。

「続きまして在校生代表挨拶。在校生代表、月夜(つきや)ルカ」

 名前を呼ばれたはずなのに、誰も返事をしない。

 辺りにシン……、と静寂が流れる。

 先生たちが座っているところらへんが少しざわざわして、再び先生の声が響いた。

「本日欠席のため、挨拶は代理が務めさせていただきます」

 えっ、代表なのに欠席なの……⁉

 けど先生たちのあの慌てぶり、欠席のこと知らなかったみたいだった。

 もしかして、入学式だけ欠席したのかな……?



 在校生代表挨拶や新入生代表挨拶など、多くの工程の後、教頭先生の挨拶で入学式は幕を閉じた。

「以上で白薔薇学園、入学式を閉式いたします」

 ここから、私の学校生活が始まるんだ……!


▷▷▷


 白薔薇学園には寮があって、全寮制になっているらしい。

 普通の高校は、全寮制とかありえないと思う。

 やっぱり凄いんだな……白薔薇高校。

 吸血鬼が通っていることに関係してるのかな、やっぱり……。



 ……で、私の寮部屋はっ……と。

 208号室、だよね。

 てことは、2階……の8つ目の部屋ってことだよね。

 私は初めての寮生活に心を躍らせながら、寮に向かった。



 あ、あった……208号室……。

 よかった、迷わずにまっすぐたどり着けた……。

 あれ、寮って入るときノックとかしたほうかいいのかな……?

 一応しておこうかな……。

 ――コン、コン、コン

 ゆっくりと3回ノックしてから、私は寮のドアを開けた。

 すっ、すごい……っ。

 やわらかいカーテン、おしゃれなテーブルクロスがかけられた机、服をしまうクローゼット、庭園が見えるベランダ。

 私の家は一軒家だけど、それの2倍……いや、3倍の広さがありそう。

 ほんとに、ここを使っていいのかな……?

 いくらなんでも、おしゃれすぎないかな……。

「あ、みーこ」

 突然、後ろから声が聞こえた。

 ――少し低い声、“みーこ”という呼び方、よく似合った黒い制服。

 まさか……。

「――クロさん⁉」

「うん。相部屋よろしくねー」

 え…相部屋って……どういうこと……?

「相部屋、って……」

「あれ、知らない? 契約したペアは相部屋になるんだよー」

 なにそれ、知らない……!

 入学式でも説明会でもよく話は聞いてたと思うし、パンフレットもよく読んだはずなのに……。

 けど、それ以上にもっと気になるのは……。

「契約って……なんですか?」

 そう尋ねると、クロさんは心底びっくりした顔をした。

「……マジ? そっから?」

 訳が分からず首をかしげる。

 何をそんなに驚いているんだろう……。

「えーと、“花嫁契約”って知ってる?」

「知りません」

 私はフルフルと口を横に振って答える。

 “花嫁契約”……?

 何のことだろう……。

「“花嫁契約”っていうのは、吸血鬼と人間が結ぶ契約のことだよ。まぁパートナー同士を繋ぐ縁? ていうか愛の誓い? みたいな」

 なにそれ、そんな契約があるの……⁉

 あれ、でも……。

『契約したペアは相部屋になるんだよー』

 クロさんが言っていたことが頭をよぎる。

「私達って、契約? してないですよね……?」

「うん。これからするよー」

 えっ? どういうこと……?

「それって――」

 クロさんが、私の手をそっと取り、床に膝をつく。





「――みーこ、俺の花嫁になって?」





 それ、って……つまり……。

「え、ええぇえぇぇぇええぇえええぇ⁉」

 私は、クロさんから突然告げられた言葉に、そんな奇声を漏らした。


▷▷▷


 これからどうしよう……。

 さっきは突然のことに困惑して、つい寮を飛び出してきてしまった。

 クロさんに失礼だったかな……。

 それよりも、クロさんが私に「花嫁になって」って……。

 “花嫁契約”って、話を聞いた感じは好きな人同士でやるものじゃないの?

 てことは、クロさんが私のこと……す、す、好き……ってこと?

 わからないことが多すぎて、もう何が何だか……。

 その場でしゃがみこんでいると、ふっと地面に影が重なった。

「みーこ」

 わぁっ⁉

 急に後ろから声がして、ビクッと肩が跳ね上がる。

 後ろを向くと、立っていたのはやっぱりクロさんで。

「何を逃げなくてもよくない?」

 クロさんは私の隣にしゃがみこみ、プイっと顔をそむけた。

「そっ……それは……」

「俺傷ついたなー、みーこに嫌われてるのかなー、俺」

 えっ、嫌ってるわけじゃ……っ。

「嫌ってませんっ」

 そう言うとクロさんは私のほうを向いて

「ふーん……?」

 ニヤリと口角を上げた。

「じゃあ花嫁になってくれる?」

「そ、それは……」

「……」

 クロさんが無言になる。

 さっきからハッキリしないせいで怒らせた、かな……。

「いっこ聞いておきたいんですけど、“花嫁契約”って愛の誓いみたいなものなんですよね?」

 クロさんは「うん」と言って、頷いている。

「なんで、私なんですか? 私達って、さっきが初めましてですよね?」

 途端に、クロさんの瞳から光が消え、影ができた――気がした。

 けれど、パッと笑顔になったので、クロさんがそのとき何を思ったかなんてわからない。

「そうだね」

「じゃあなんで……」

「俺がみーこを好きだから」

「……」

 それでも、やっぱり納得いかなくて。

 私の何を好きになったんだろう……。

 何も言えずにいると、クロさんは突然立ち上がった。

 そして私のことをまっすぐに見つめて、

「じゃあ――信じてもらえるまで、何回でも言うから」