歌が歌える猫

天気……今日は冬にしては珍しいほどよい天気だ。暖かい日差しを浴びながらゆっくり歩いていると、大地に降り積もった雪が解けて空気の中に蒸発していくときのかすかなにおいが感じられるほどだ。日が暮れても空は澄みわたっていて、夜空に月がぽっかりと浮かんでいた。満月ではなかったが、とてもきれいな月だった。

クリスマスイブの夜が明けて、クリスマスの朝がやってきた。朝ご飯を食べるときに、アーヤーが、にこやかな顔をしながら、ぼくと妻猫に
「サンタクロースが、夢のなかに現れたわ」
と言った。
「そう。よかったわね。何かプレゼントをもらった」
妻猫がアーヤーに聞いた。アーヤーは首を横に振った。
「何ももらわなかったわ。でもサンタクロースが、わたしを、あるところに連れて行ってくれたわ」
アーヤーがそう答えた。
「どこに連れて行ってくれたのか」
ぼくは興味をそそられていた。
「当てて。想像してみて」
アーヤーがそう言った。
「そうだなあ、もしかしたらサンタクロースと一緒にトナカイが引くそりに乗って、北極地方に行ったのではないのか。サンタクロースのふるさとは北極地方だから、おまえをそこに連れて行ってくれたのかもしれない。北極地方には神秘的なオーロラが夜空にきらきらと輝いているので、おまえへのプレゼントとしてオーロラの光を見せてくれたのかもしれない」
ぼくは想像を膨らませながら、そう言った。するとアーヤーは首を横に振った。
「いいえ、トナカイが引くそりには乗らなかったわ。オーロラも見なかったわ」
アーヤーはそう答えた。
「じゃあ、どこへ行ったのだ」
ぼくは聞き返した。
「サンタクロースはわたしを翠湖公園の外に連れていったわ。大きな通りをいくつか抜けて、大きな病院の前まで来て、そのなかにある小さな病室へ連れていったの」
アーヤーがそう答えた。意外な場所だったので、ぼくはびっくりした。
「病院?」
ぼくが聞き返すと、アーヤーがうなずいた。
(どうしてそんなところに、サンタクロースがアーヤーを連れていったのだろう)
ぼくには合点がいかなかった。
「おまえは昨日の夜、靴下のなかにどんな願いを入れたのだ」
ぼくはアーヤーに聞いた。
「もっと人の役に立つことができる猫になりたいという願いを入れたわ」
アーヤーがそう答えた。
「そうか。それでサンタクロースがおまえの願いをかなえるために、そこに連れて行ったのだろうか」
「さあ、わたしにもよく分からないわ」
アーヤーが小首をかしげていた。
「そのあとどうなったのだ」
ぼくは夢の続きを知りたくなった。
「サンタクロースはわたしを病室のなかに入れると、すぐに姿が見えなくなった。病室のなかにはベッドが一つあって、ベッドの上にはきれいな女の人が横たわっていた」
アーヤーがそう答えた。
「どうして、わたしはこんな変な夢を見たのかなあ」
アーヤーは自分でも自分の見た夢が信じられないでいた。
「それで、そのあと、どうなったのだ」
ぼくがさらに聞くと、
「夢は、そこで終わった」
と、アーヤーが答えた。
「そうか」
ぼくは、そう答えた。
「もうそれ以上、昨夜見た夢のことを考えなくていいよ。何も考えないで、今日も公園の西門に行って、言葉が話せない障害者のために新聞を売ってあげなさい」
ぼくはそう言った。
「うん、分かった。そうする」
アーヤーはとても素直な子だから、ぼくの言うことを何でもよく聞く。
朝ご飯を食べると、アーヤーは急いで公園の西門に行って、お年寄りを手伝って、新聞を売り始めた。ぼくはいつものように、西門から少し離れたところから、アーヤーが売っているところをじっと見ていた。もしアーヤーに何か起きたら、いつでも飛び出していけるように不測の事態に備えていた。
「笑い猫」
後ろから不意に声をかけられたので、ぼくはびっくりして振り返った。誰かと思ったら老いらくさんだった。老いらくさんとは最近、よくこの時間に西門の近くで会うことが多い。ぼくは老いらくさんに聞いた。
「老いらくさんは、夢の分析ができますか」
「できるよ。わしはずいぶん長く生きてきたから、おまえよりも、はるかに多くの夢を見てきた。そのために、夢を分析することにもたけている。十の夢があったら、そのうちの八つか九つは分析できる。何か気になる夢でも見たのか」
老いらくさんがそう言った。
「実を言うと、昨夜、アーヤーが不思議な夢を見たのです」
ぼくはそう答えて、話を切り出した。
「どんな夢を見たのだ」
老いらくさんが身を乗り出すようにして、ぼくの話に耳を傾けてきた。ぼくはアーヤーが見た夢を老いらくさんに話した。
「そうか。アーヤーがそんな夢を見たのか。ずいぶん変な夢を見たものだなあ」
老いらくさんがそう言った。
「わしが分析するところによれば、アーヤーがそんな夢を見たということは、もしかしたら、アーヤーは、その女の人と何か関係があるのかもしれない」
老いらくさんが思慮深げな顔をして、そう言った。
「アーヤーは昨日、寝る前に何をしたのか」
老いらくさんが聞いた。
「公園でサンタクロースに扮した人に靴下をもらったので、その靴下に願いを入れてから寝ました」
「願い?」
老いらくさんが聞き返したので、ぼくはうなずいた。
「そうです。ぼくがアーヤーに靴下に願いを入れるように言ったからです」
「そうか。それでアーヤーはどんな願いを入れたのだ」
「もっと人の役に立つ猫になりたいという願いを入れたそうです」
「そうか。だいぶ分かってきたぞ」
老いらくさんが、ぱちんと手をたたいた。
「多分、こういうことではないだろうか。アーヤーの願いをかなえるためには、その人が必要だったので、サンタクロースがアーヤーをその人のところに連れて行った。わしの夢分析によればそういうことになる」
老いらくさんがそう言った。さすが老いらくさん。分析が的を射ている。老いらくさんの話を聞いて、ぼくも、もしかしたら、そうかもしれないと思った。
でも、それにしても、アーヤーが、夢のなかで見た、その女の人は一体、誰なのだろう。アーヤーが初めて見た人であることにはまちがいないが、アーヤーがその人と、どんな関係があるのだろう。ぼくにはよく分からなかった。アーヤーがこれまで関係してきた人たちと言えば、杜真子と、新聞売りのお年寄りと、裴帆先生と、シャオパイの飼い主さんと、馬小跳と、馬小跳の友だちだけである。サンタクロースが彼らのためにアーヤーを役立たせようとするのなら分かるけども、アーヤーが知らない人のために役立たせようとするサンタクロースの気持ちがぼくにはよく分からなかった。
「もしかしたら、その女の人は、あの新聞売りのお年寄りと同じように、体に障害がある人かもしれない。アーヤーが身につけた人の言葉が話せる能力をさらに発展させてその人のために使ったら、アーヤーはもっと人の役に立つことができる。そうしたらアーヤーの願いがかなう。サンタクロースはそう思ったのではないだろうか」
老いらくさんがそう言った。老いらくさんは哲学者なので、洞察力にたけている。ネズミではあるが、ぼくは一目置かざるを得ない。
「確かに、そうかもしれませんね。老いらくさんの話を伺って、ぼくにもアーヤーが見た夢の分析が少しできるようになりました。でもまだ分からないことがあります」
「何だ、それは」
老いらくさんが聞き返してきた。
「アーヤーの夢のなかに出てきたサンタクロースは、アーヤーを病院に連れて行っただけでアーヤーに何も与えないで去っていった。クリスマスの日には、よい子にプレゼントを与えるのがサンタクロースでしょう」
ぼくは不満そうに、そう言った。すると老いらくさんが首を横に振った。
「プレゼントは、ものとばかりは限らない。サンタクロースがアーヤーに与えたプレゼントは『チャンス』だよ」
「『チャンス?』」
「そうだよ。サンタクロースはアーヤーに自分だけにしかない素晴らしい才能をもっと伸ばすチャンスを与えたのだよ。そのチャンスこそが、サンタクロースがアーヤーに与えたクリスマスのプレゼントだよ」
老いらくさんがそう言った。
「そうか、よく分かりました。老いらくさんの話を伺って、目からうろこが落ちました」
ぼくは老いらくさんの見識の高さに感服した。
そのとき、新聞を売り終えたアーヤーが、向こうからやってくるのが目に入った。老いらくさんは、それに気がついて、すぐにさっと、どこかへ消えて行った。アーヤーには猫としての本能があるから、ネズミを見たら飛びかからないとも限らないからだ。
「お父さん、今日も全部、売り上げることができたわ」
アーヤーの顔には満足感があふれていた。
「そうか。それはよかったな。お疲れ様」
ぼくはそう言って、アーヤーをねぎらってあげた。
ぼくが頭をあげて西門の近くを見ると、新聞売りのお年寄りが三輪自転車のペダルをこぎながら、公園を出ていこうとしている姿が見えた。
「お父さん、わたしたちも、うちへ帰ろう」
アーヤーが明るい声でそう言った。
うちへ帰る途中、アーヤーは跳んだりはねたりして、とても楽しそうだった。
「どうして、そんなにはしゃいでいるのか」
ぼくはアーヤーに聞いた。
「毎日、お年寄りを手伝って、新聞が全部売れてしまったときは、一日のなかで一番うれしいときだから」
アーヤーがそう答えた。
アーヤーには、うれしさや楽しさの真の意味が分かっているように思えた。ほかの人がうれしく感じたり、楽しい気持ちを感じたときに、自分でも初めてそのような気持ちになることができることを、さとっていたからだ。
「お父さん、もしかしたら、わたしはまだあまりいい子ではないのかな」
アーヤーが、意外なことを言った。
「どうして、そんなことを言うのだい。十分にいい子だよ。お母さんも、『おまえはこの世で一番お利口な子猫』だと言っていたじゃないか」
ぼくはそう答えた。
「だったら、どうしてサンタクロースは、わたしに何もプレゼントをくれなかったの」
アーヤーが不満そうな顔をしていた。
「そんなことはないよ。サンタクロースはおまえに、素敵なプレゼントを与えていったよ」
ぼくは、アーヤーの頭を手で優しくなでながら、そう答えた。
「でも、靴下のなかに何も入っていなかったじゃない」
アーヤーは首にマフラーのようにかけている靴下を見ながら、そう言った。
「サンタクロースがお前に与えたプレゼントは、ものではなくて、チャンスなのだ」
「『チャンス?』」
アーヤーが聞き返した。
「そう、チャンスだよ。おまえは昨夜、靴下のなかに、もっと人の役に立つ猫になりたいという願いを入れたから、サンタクロースが、お前の願いを聞いて、もっと人の役に立つためのチャンスを、おまえにプレゼントしてくれたのだよ」
ぼくはそう答えた。老いらくさんが話したことの受け売りではあるが、説得力がある説明だったので、ぼくの話を聞きながら、アーヤーは、うんうんと、うなずいていた。
「夢のなかにサンタクロースが出てきて、おまえを病院に連れて行ったと、おまえは言っていたよね」
「ええ、言ったわ。それがどうかしたの」
アーヤーはけげんそうな顔をしていた。
「はっきりとは分からないが、おまえがサンタクロースからもらったチャンスというプレゼントは、夢のなかに出てきた病室のなかの女の人と関係があるのかもしれない」
ぼくはそう答えた。これも、もちろん老いらくさんが話したことの受け売りにすぎないが、アーヤーは心に感じて真剣な顔をして聞き入っていた。
「お父さん、わたしはこれからその病院を捜しに行ってみるわ。もし見つかったら、わたしがもらったチャンスはどんなチャンスなのか考えてみたい」
アーヤーがそう言った。ぼくはうなずいた。
「翠湖公園を出て、大きな通りをいくつか渡ったところに、その病院はあったと、おまえは話していたが、その道筋を、まだ覚えているか」
ぼくはアーヤーに聞いた。
アーヤーは目をつむって、昨夜見た夢のことを懸命に思いだそうとしていた。
「サンタクロースが夢のなかに現れて、わたしを連れて翠湖公園を出ていった。一緒にに闇夜のなかを歩いて、大きな通りをいくつか渡っていった。それから……」
「それから、どうしたのか」
「それから……」
アーヤーは、思い出すのに苦労していた。
「わたしが見たのは夜の景色だったから、夜になったら、もっとたくさんのことを思い出すことができると思う」
アーヤーがそう言った。
「分かった。じゃあ、今晩、お父さんを連れて、お前が昨夜見た夢のなかに出てきた道を歩いてくれ。病院が見つかったら、病院のなかに入って、夢に出てきた病室を探そう」
「ええ、いいわ」
ぼくとアーヤーは約束した。