歌が歌える猫

天気……冬至が過ぎてからまもなく、寒波が襲来した。吹く風は凍てつくように冷たくて、肌をぴりぴりさす。大地は真っ白い雪に深く覆われていて、公園のなかを歩くたびに足がずぶずぶと雪のなかに沈んでいく。吐く息も真っ白で、りんとした空気のなかに溶けていく。道に降り積もった雪は氷のように固くなっていて、あたかもスケートリンクのように、つるつるして滑りやすい。

アーヤーは今はもう以前のアーヤーではない。人の声が話せる有名な猫になったからだ。アーヤーが障害者のお年寄りを手伝って新聞を売っているという話は、この町の誰もが知っていた。そのなかにはよい人もいれば、よくない人もいた。アーヤーはまだ生まれてから日が浅い子猫だから、悪い人にだまされないように、ぼくがしっかり守ってあげなければならない。
朝ご飯を食べると、ぼくはアーヤーに付き添って、うちを出て、公園の西門へ向かった。今日の翠湖公園はいつもとはちがっていた。降り積もった雪はいつもと同じようにまだ解けていなかったが、公園のなかは白一色だけでなく、いろいろな色がちかちかしていて、いつも以上にきらびやかだったからだ。公園に植えられている円錐形をしたモミの木の枝に、色彩豊かな飾りや鈴が、たくさんつけられていて、きらきらと輝いていた。リンゴの形をした大小様々な丸い玉も、つり下げられていた。赤いリンゴだけでなく、紫や金色のリンゴもあった。
(あっ、そうか。明日はクリスマスか)
ぼくは、そう思った。
公園に散策に来る人たちは、手に思い思いの飾りを持っていて、モミの木に結わえて、きれいなクリスマスツリーを作り上げていた。リンゴは、この国ではクリスマスには欠かせない食べ物だから、ツリーにもリンゴの飾りがつり下げられていたのだ。
「お父さん、モミの木には、どうしてあんなにたくさん、いろいろなものが飾ってあるの」
アーヤーが不思議そうな顔をしていた。
「それには、ある美しい伝説が関係しているからだよ」
ぼくは、そう答えた。
「えっ、どんな伝説。お父さん、教えて」
アーヤーが目を輝かせていた。
「じゃあ、教えてあげよう」
ぼくは、そう言って、話を始めた。
「昔、あるところに心がとても優しい農民がいた。ある年のクリスマスイブの日。外では激しい吹雪が吹き荒れていた。農民が窓から外を見ると、寒そうに、ぶるぶる震えている子どもが、家の近くに立っているのが見えた。農民は、びっくりして、すぐにその子どもを家のなかに入れてやった。そして、クリスマス用のおいしい食べ物をごちそうしたり、暖かい服を着せてやった。温かいもてなしを受けて、その子どもはとても喜んでいた。帰るときに、その子どもは、モミの木の枝を折って、農民の家の玄関に挿してから、うちをあとにした。するとそれからまもなく木の枝が大きな木に変わり、木の枝にはプレゼントがたくさん、つりさげられていた。それを見て農民は、あの子どもは神様から遣わされてきた使者だったということに初めて気がついた。それ以来、クリスマスイブの日にはモミの木の枝にいろいろなものをつりさげる習慣が生まれた」
ぼくは、このように話した。ぼくの話にアーヤーは興味深そうに耳を傾けていた。アーヤーは、ぼくの話を聞き終わったあと、美しく装飾されたモミの木をじっと見ながら
「ありがとうの気持ちを伝えるために、きれいなものをたくさん飾っているのですね」
と言った。アーヤーは目からうろこが落ちたような顔をしていた。
このとき赤い服を身にまとい、赤い三角帽子をかぶり、あごひげを長く伸ばした人が、ぼくとアーヤーのほうに近づいてきた。背中に大きな袋を背負っていた。
(誰、この人?)
アーヤーは、びっくりして、ぼくのうしろに隠れた。
「アーヤー、こわがらなくていいよ。この人はサンタクロースだよ」
ぼくは、そう答えた。
「サンタクロース?」
アーヤーが、けげんそうな顔をしていた。
「うん、サンタクロース。クリスマスには欠かせない人だ」
ぼくはそう答えた。
「サンタクロースは体が大きくて、ほおはバラのように赤い。鼻もサクランボのように赤い。白くて長いあごひげを生やしていて、胸の前まで垂らしている。クリスマスイブの日がやってくると、サンタクロースはトナカイが引くそりに乗って、北極圏の寒いところから、世界の各地に出かけていく。背中にはプレゼントがたくさん入った大きな袋を背負っていて、よい子を見つけてプレゼントする」
ぼくはサンタクロースについてアーヤーに説明してやった。ぼくの話に、アーヤーは今度も興味深く聞き入っていた。
サンタクロースは、ぼくとアーヤーのすぐ前までやってくると、ひざまずいて、ぼくの背中や、アーヤーの顔を手で優しくなでた。そのあとサンタクロースは背負っていた袋を下ろして、袋のなかから、小さい靴下を片方取り出して、アーヤーの首にマフラーのようにかけた。それからまもなく、サンタクロースは、手を振りながら遠くへ去っていった。サンタクロースの後ろ姿を見ながら、アーヤーは、不思議そうな顔をしていた。
「お父さん、サンタクロースは、どうしてわたしに、靴下をくれたの」
アーヤーがけげんそうな顔をしていた。
「あの人は本物のサンタクロースではなくて、サンタクロースに扮した普通の人。今晩寝る前に、枕の前に靴下を置いて、靴下のなかに願いを入れてから寝なさい。そうしたら寝ているときに本物のサンタクロースが現れて、その願いをかなえてくれるかもしれないよ」
ぼくはそう答えた。靴下とサンタクロースの関係について、アーヤーはまだ合点がいかないような顔をしていた。
「では、これからお父さんが、靴下にまつわるクリスマスのお話をして聞かせよう」
ぼくはそう言って、話を始めた。
「昔、あるところに優しい貴族がいた。奥さんが病気で亡くなったので、貴族は三人の娘たちと一緒にお互いに助け合いながら生活をしていた。貴族は、物づくりがとても好きだったから、いろいろな物を新しく作りだそうとして苦心していた。でも実験はみんな失敗に終わってしまった。お金がだんだん少なくなってきて、生活に困るようになってきたので、貴族は三人の娘たちを農家に住み込みで働きに行かせた。三人の娘たちは慣れない肉体労働に苦労しながらも、生きるために毎日一生懸命働いていた。数年たって、娘たちは嫁にいかなければならない年になった。でも父親である貴族には娘たちに嫁入り道具をととのえてあげるだけのお金がなかった。そのことを風の便りとして知ったサンタクロースが、クリスマスイブの夜、三人の娘たちが暮らしている農家に、こっそりやってきた。窓の外から、家のなかを見ると、三人の娘たちが、洗ったばかりの靴下を、暖炉の火で乾かしているのが見えた。それを見て、サンタクロースの心のなかに、ある考えが浮かんだ。娘たちが寝たあと、サンタクロースは煙突のなかからこっそり家のなかに入り、娘たちの靴下のなかにお金をたくさん入れてから、気づかれないように、そっと帰っていった。靴下のなかに入っていたお金は、娘たちが嫁入り道具をととのえるのに十分なお金だった。そのために娘たちは、それからまもなく、みんなとても幸せな結婚生活を送ることができた。そしてこの話は世界中の子どもたちがみんな知っている有名な伝説となった。この伝説を聞いた子どもたちは毎年、クリスマスイブの夜になると、靴下を暖炉の火で乾かして、寝る前に枕元に置いて、願いを唱えてから寝るようになった。ぐっすり眠っているときに、サンタクロースが煙突のなかから入ってきて、靴下のなかにプレゼントを入れてくれるのを期待しながら、床に就いていた」
ぼくはアーヤーに、そう話した。アーヤーは、この話も興味深そうに聞いていた。
「とてもロマンチックで、きれいなお話ですね。サンタクロースは煙突のなかから入ってくるのですね。でもわたしたちのうちには煙突がないので、サンタクロースが入ってくることができない。残念だわ」
アーヤーが寂しそうな顔をしていた。ぼくは首を横に振った。
「そんなことはないよ。サンタクロースはいい人だから、煙突があってもなくても、いい子には、ちゃんとプレゼントをあげるよ。おまえはいい子だから、きっとサンタクロースから何かプレゼントをもらえるよ」
ぼくはそう答えた。
「お父さんはさっき、今晩寝る前に、枕の前に靴下を置いて、靴下のなかに願いを入れてから寝なさい。そうしたら寝ているときに本物のサンタクロースが現れて、その願いをかなえてくれるかもしれないよと言ったよね」
「言ったよ」
ぼくは、うなずいた。
「どんな願いでもいいの」
アーヤーが聞いた。
「いいよ。アーヤーが今一番願っているものを入れなさい」
ぼくはそう答えた。
「分かったわ」
アーヤーが、うなずいた。アーヤーはそれからまもなく靴下を首に巻いてマフラーの代わりにした。
「あったかい。今日のように寒い日には助かるわ」
アーヤーが、うれしそうな顔をした。
クリスマスにまつわる楽しい話をしているうちに、ぼくとアーヤーは翠湖公園の西門の前に着いた。今日は週末なので、いつもよりも人がずっと多かった。新聞売りのお年寄りが西門の前に三輪自転車をとめて、荷台にたくさん積んできた新聞を売ろうとしていた。三輪自転車の周りには黒山のような人だかりができていた。でも新聞を買っている人はまだ、ほとんどいなかった。みんなお目当てのアーヤーがやってきて、アーヤーの売り声を聞いてから買おうと思っているようだった。
今日はクリスマスイブなので、新聞売りのお年寄りは、赤いサンタクロースの帽子をかぶっていて、機嫌がすこぶるよさそうだった。ぼくとアーヤーが西門の前にやってきたのを見て、お年寄りは温かい笑みを浮かべながら、ぼくたちを迎えてくれた。そしてすぐにアーヤーを抱きかかえて三輪自転車の上に載せた。それからまもなくアーヤーの売り声が響き始めた。
「人民日報、ローカル新聞、ビジネス新聞」
それを聞いて、三輪自転車の周りに集まっていた人たちは、列を作って新聞を買い始めた。お年寄りは猫の手も借りたいほど、ばたばたと忙しそうに新聞を渡したり、お金を受け取ったりしていた。
列を作って並んでいる人たちのなかに、地包天の飼い主さんがいるのが見えた。綿入りの赤い服を着て、楽しそうに、にこにこしていた。チン犬の地包天に、しばらく会っていなかったから、地包天はどうしているのだろうと、ちょうど思っているところだった。
「笑い猫のあんちゃん」
後ろからふいに声をかけられたので、ぼくはびっくりして後ろを振り返った。するとそこに地包天がいた。ぼくのことを笑い猫のあんちゃんと呼ぶのは、地包天だけだ。地包天は頭にサンタクロースの帽子をかぶっていて、浮かれているように見えた。地包天も飼い主さんと同じ綿入りの赤い服を着ていた。地包天はいつも飼い主さんと同じ服を着ている。
「笑い猫のあんちゃん、会いたくてたまらなかったわ」
地包天がそう言った。その瞬間、地包天の口のなかから、強烈なニンニクのにおいがした。ぼくは思わず鼻を手で押さえた。それを見て、地包天が申し訳なさそうな声で
「ごめんなさい。あんちゃんがニンニクのにおいが嫌いなのは知っていたけど、まさか今日会うとは思っていなかったら」
と言った。
地包天は、三輪自転車の上にアーヤーがいて、その周りに人がたくさん集まっているのを見て、びっくりしていた。地包天が、けげんそうな顔をして、
「どうして、あんなに大勢の人がアーヤーを見ているの。アーヤーがどうかしたの」
と、ぼくに聞いた。
「アーヤーが人の声を話すからだよ」
ぼくがそう答えると、
「えっ、本当?」
と言って、地包天が、飛び上がらんばかりに驚いていた。ぼくはうなずいた。
「おまえには人の声が分からないだろうが、アーヤーは今、人の声を出しているのだ。新聞の売り声を出して、声が出せない障害者の手伝いをしているのだ」
ぼくはそう言った。
「それで人がびっくりして、アーヤーをみんな見ているのね」
地包天にはようやく人がたくさん集まっているわけが分かったようだった。
「そんなことができるなんて、アーヤーがうらやましいわ」
地包天はそう言ってから、うっとりした目でアーヤーを見ていた。
「わたしにも人の声が話せたらいいのになあ。もし話せたら飼い主さんと楽しいおしゃべりをたくさんすることができるのになあ」
地包天がそう言った。
そのとき、ぼくは人だかりのなかに、杜真子と馬小跳と馬小跳の友だちがいるのが見えた。みんな、目をぱちくりさせながら、口をぽかんと開けてアーヤーを見ていた。新聞が全部売り切れてしまったあと、杜真子がアーヤーの前に飛ぶようにやってきた。アーヤーも杜真子の胸のなかに飛び込んでいった。
杜真子はアーヤーを抱いて、急いでその場を離れた。馬小跳と馬小跳の友だちも、あとからついてきた。毛超が興奮して、声をうわずらせながら
「新聞やテレビが報道していた人の声が話せる猫とはアーヤーのことだったのか」
と言った。
唐飛は信じられないといった顔をしながら
「こんなことがありうるのだろうか」
と言った。
張達は、どもりなので、言葉が滑らかに出てこなくて
「世界……奇跡……奇跡……」
と、詰まりながら言った。
馬小跳は、けげんそうな顔をしながら
「おれには、さっぱり分からない。おれたち以外に、アーヤーは誰とも接していないはずだ。それなのに一体誰がアーヤーに人の言葉を教えたのだ」
と言った。
「もしかしたら、あの新聞売りのお年寄りが教えたのかなあ」
毛超がそう言った。
それを聞いて杜真子が
「ふん、ばかなこと言わないで。あの人は口がきけない人でしょ。どうやって教えるの」
と、反問していた。
杜真子と男の子たちは、ぼくとアーヤーを、ぼくたちのうちまで送ってくれた。うちに着くと、杜真子が男の子たちに指図して、小さなモミの木をうちのなかへ持ってこさせた。そのあと枝いっぱいに金色や赤い色の紙袋をつりさげた。杜真子と男の子たちは、わざわざ、ぼくたちのためにクリスマスのプレゼントを持ってきてくれたのだった。心遣いが、とてもうれしく思えた。
「きれいな飾りだね」
ぼくがそう言うと、妻猫が
「うちのなかがクリスマスらしい楽しい雰囲気になったわね」
と、答えた。
「袋のなかに何が入っているのだろう」
アーヤーは袋の中身が気になってしかたがないような顔をしていた。
杜真子と男の子たちが帰っていったあと、ぼくは、今日アーヤーに話したクリスマスにまつわる美しい伝説のことを思い出していた。ロマンチックな気分に浸りながら、きれいに飾られたツリーを見ていると、とても楽しい気分になってきた。アーヤーも、妻猫もうっとりした顔をしてツリーを見ていた。
「お父さんが今日話してくれたお話は、とても素敵だったわ」
と、アーヤーが言った。
「どんなお話をしてくれたの。お母さんにも聞かせて」
妻猫がそう言ったので、ぼくは妻猫にも話して聞かせた。
アーヤーは、それからまもなく、ツリーの周りを、楽しそうに、ぴょんぴょん跳び回ったり、鼻を袋に近づけて、においをかいでいた。
「袋を開けてもいい?」
アーヤーが聞いた。
「うん、いいよ」
ぼくがそう答えると、アーヤーは枝につりさげられている袋を一つ、下に落として、歯で破った。袋のなかには、魚味のビスケットが入っていた。
「わあ、うれしい」
アーヤーが思わず、歓声をあげた。
「ほかの袋も開けてみよう」
アーヤーがそう言って、開けてみると、煮干しや、ミニトマトが入っていた。魚味のビスケットや煮干しは、ぼくたちの常食だし、ミニトマトは、ぼくの大好物だから、ぼくはとてもうれしかった。妻猫もうれしそうな顔をしていた。
日が暮れて、空がだんだん暗くなってきた。いよいよクリスマスイブの到来だ。
アーヤーは今日公園でサンタクロースにもらった靴下を枕元に置いてから、寝る前に妻猫に
「お母さん、わたしはいい子でしょ」
と聞いた。すると妻猫はアーヤーを胸にぐっと抱き寄せてから
「もちろんよ。アーヤーはこの世でいちばんお利口な子猫よ」
と、優しそうな声で答えていた。
「ありがとう。じゃあ、この靴下のなかに、願いを入れたら、サンタクロースが夢のなかに現れて、願いをかなえてくれるかもしれないわね。お父さんが、そう言ったから」
アーヤーはそう答えた。
「そうだよ。そのとおりだよ」
ぼくは妻猫に代わって、そう答えた。
アーヤーはそれからまもなく、靴下のなかに、願いを入れてから、ぐっすりと眠りに就いた。