帝都の守護鬼は離縁前提の花嫁を求める

「こちらです。朱縁様はすでに中でお待ちになっております」

 そう声を掛けたメイドは、襖を開け琴子を促した。
 緊張の面持ちでゆっくりと畳を踏みしめながら進んだ琴子だが、その歩みは途中で一瞬止まってしまう。
 なぜなら、上座に座している銀髪の男は人を出迎えるような格好をしていなかったのだ。
 唐紅の着流しを着崩し、気怠げに肘掛けへ体を預けている。
 儀式のためにしっかりと身だしなみを整えてきた琴子とは真逆な様子に、思わず頬が引きつった。
 しかも琴子が部屋に入ってきたというのにその瞼は軽く伏せられたまま。
 琴子の存在など気にも留めていないということだろう。

(確かに、会ったこともない相手と別れの挨拶をするためだけなのだから、やる気もなにもないでしょうけれど……)

 だが、花嫁を求めているのは朱縁の方だったはずではないだろうか?
 別れるとはいえ、求めていた相手とはじめて顔を合わせるのだ。
 いくら何でもこの態度はないだろう。

(いっそ数珠を叩き返してやろうかしら)

 怒りにも似た心地に右手を拳にするが、流石にそれは不味いだろうと理性が歯止めを掛ける。
 ゆるゆると息を吐き出し、不満を押さえ込んだ琴子は再び歩みを進めた。
 下座に座り、改めて正面から朱縁を見上げる。
 一段高い上座に座る美しき守護鬼。
 気怠げな様子でもその存在感は圧倒的であった。
 滑らかな白磁の肌は清らかな乙女のようにシミ一つなく、細身だがしっかりと筋肉のついた体は紛れもない男のもの。
 絹糸のように繊細な美しさを持つ銀の髪は瞳の赤をとても良く引き立てた。
 異性をここまでしっかり見たことのない琴子は、ついまじまじと見てしまう。
 だが、男の色香を醸し出す朱縁に徐々に気恥ずかしさが増し、そっと視線をそらす。
 そんな状況でも微動だにしない朱縁に、また不満が湧き上がる。