帝都の守護鬼は離縁前提の花嫁を求める

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 離縁という通常ならば祝されぬようなことを行うその日は、清々しいほどに晴れ渡っていた。
 厳しい父の元を離れ、新たな家へと旅立つと考えれば良いことなのかもしれないが……。

(少し、複雑な気分ね)

 外の明るさを眩しく思いながら苦笑した琴子は、【離縁の儀】のための着物に袖を通した。
 真っ白な絹の着物には、金糸と銀糸で悪趣味にならない程度に蓮の刺繍が施されている。
 白、金、銀は風水の観点から縁切りに良いとされる色で、蓮の花言葉は『離れゆく愛』なのだそうだ。
 いくら【離縁の儀】とはいえ、ここまで徹底的に別れを意識した衣裳でなくとも良いのではないだろうかと呆れる。
 まあ、縁を切り新たな縁をという意味もあるので悪いものばかりではないが。

 女中の手を借りしっかりと着付けてもらうと、最後に父から貰った桔梗の髪飾りをいつもの下げ髪に添えた。
 記憶にある限りでは、はじめての父からの贈り物だ。
 地味な装いしか許されなかった身としては、華やかで可愛らしい桔梗の髪飾りは嬉しいものだった。
 だが、桔梗の花言葉は【従順】。
 桐矢家でも従順に、母のように付き従えという意味が込められているのだろう。
 この贈り物を持ってきた母の言葉からもそれは現れている。

『桐矢家でも、家長に逆らうようなことはしてはいけませんよ。従順にお役目を全うしなさい。それが旦那様の願いです』

 どこまでも従順に付き従う母らしい言葉ではある。
 だが、母と自分は違うのだ。
 家長に逆らうことは家を出されても仕方のないこと。だから不満を呑み込み逆らわずに生きてきた。
 それでも不満をなくすことなど出来はしない。

(綺麗だけれど、意味を知ると嬉しさも半減ね)

 いつものように、不満は心の内だけに止め琴子は支度を終えた。