帝都の守護鬼は離縁前提の花嫁を求める

(思えば、お父様に優しくされた記憶はないわね)

 思い返してみても厳しくされた記憶しかない。
 幼い頃でさえ、抱き上げてくれるどころか頭を撫でてくれたこともないのではないだろうか。
 明日には【離縁の儀】にてお役目を全うし、この櫻井の家を離れるため過去に思いを馳せてみたが……。
 少なくとも良い思い出というものが出てくることはなかった。
 良い思い出は女学校での友と過ごした日々など、家以外の場所でのことばかり。
 それを思うと悲しくなるが、明日の【離縁の儀】を全うすればこの家の娘としての役割は終わるのだ。
 その後はすぐに桐矢家へと向かうのだから、ある意味愛着がない分別れ惜しむこともないため良かったのかもしれない。
 などと思っていると、襖の向こうから「失礼致します」と男の声が掛けられた。

「っ」

 異性の声に警戒心が沸く。
 鬼花である自分は父以外の殿方に触れることは出来ない。
 それはまるで呪いに似ていて、同じ部屋にいるだけでも気分が悪くなるのだ。
 側に寄れば吐き気をもよおし、触れてしまうと湧き上がる怖気に正気を失いかねない。
 以前正にその状態に陥った相手である声の主、兄の藤也(とうや)が珍しく琴子のいる場所へと来たらしい。

「来たか藤也。入れ」
「はい」

 兄を呼びつけたのは父らしい。
 命じられるままに襖を開け入ってきた藤也は、父に似ていかめしい顔つきをしている。
 琴子と目が合うと冷めた眼差しになる藤也は、すぐにその目線を父へと向けた。